選考委員選評

プロフィール

作家。著書に「くまのがっこう」「がんばれ！ルルロロ」「クローバーフレンズ」など。

選評

　今年の候補作は力作ぞろいでした。今までの応募作とは違う新しい風も感じられ、ワクワクしながら読みました。応募者の年齢も若く、フレッシュさも感じました。
　とてもレベルの高い最終選考作品の中で、見事大賞を射止めたのは『はらぺこキツネ☆七変化！』でした。この作品は、京都を舞台にしたとても風情のある作品です。ひとりひとりのキャラクターの完成度も高く、物語の伏線の張り方、その回収の仕方なども秀逸でした。地元の昔ながらの商店街の子どもたちが団結して町を盛り上げようとする展開は、どこか宗田理先生の「ぼくら」シリーズに似た匂いも感じさせ、とても楽しく読みました。文句なしの大賞受賞だと思います。ただ、ひとつだけ残念な点があるとしたら、肝心のキツネの存在感です。タイトルにまで持ってきたキツネが物語全体の中で十分に機能しておらず、魅力的になっていません。この点は再考の余地があるのではないでしょうか。
　続いて、金賞の作品です。まずは、『とりかえたなら』です。ジェンダーという今最も現代的で、子どもたちにとっても切実なテーマを正面から取り上げていて、好感が持てます。こういった同時代的なテーマを『角川つばさ文庫』から積極的に発信していくことはとても有意義なことだと感じます。もうひとつは『コードネーム:Ｎ　-ターゲットの弱みを握れ！-』です。物語のフレームが大きくて、映画・アニメ的でとても魅力的です。構成もとても凝っていて、文章も上手です。ただ肝心の物語全体を貫く軸がまだ弱く、それが大賞を逃した要因と言えます。
　最後は惜しくも賞を逃した『今日から推し活はじめます！！』です。アイドルの舞台裏的な世界観はターゲットに響くでしょうし、美形ではない主人公にも好感が持てます。もう少し物語全体に魅力的なメリハリがあれば、賞に届いたのではないでしょうか。

プロフィール

作家。代表作は『ぼくらの七日間戦争』。「ぼくら」シリーズは角川つばさ文庫でも大人気。

選評

　最終候補に残った４作品はいずれも、よくある学園ものの枠を飛び出した独創的な内容で、例年以上に読みごたえがあった。
　特に素晴らしかったのは『はらぺこキツネ☆七変化！』だ。京都の商店街を舞台にした人情味あふれるストーリー展開が秀逸で、あっという間にその世界に惹きこまれた。背景やキャラクターの描写が丁寧で文章のリズムも良いので、臨場感があり、映像が浮かんでくる。神様の使いとして登場する少年の姿をしたキツネはファンタジックな存在だが、いかにも現代風で、物語の中に自然に溶け込んでいた。次作も読みたいと思わせる、大賞にふさわしい作品だ。ただ、キツネの動きが点になってしまっていて、つながりを欠く部分がある。もう少し別の扱い方をして活躍の場面を増やせばもっと良くなるだろう。
　金賞に選んだ『とりかえたなら』と『コードネーム:Ｎ　-ターゲットの弱みを握れ！-』も、なかなかの意欲作だった。
　前者は、ジェンダーの問題を取り上げた良作だ。双子の主人公の心の成長もよく描けており、書籍化されれば、つばさ文庫の読者がこうした問題を真剣に考えるきっかけになるだろう。一つ注文をつけるなら、男女の入れ替わりものはよくあるので、そのアイディアにもうひと工夫ほしい。
　後者は、無国籍なスパイ養成学校の生徒が本当の「自分の正義」を探すという壮大なテーマがいい。それだけに、主人公に課せられたミッションやその結果には物足りなさを感じた。読みづらい部分はあるが、物語の設定や描写に強いこだわりがあるからだろう。独特な世界観を持つ作品に挑戦したことを評価したい。
　『今日から推し活はじめます！！』は、アイドルグループの裏方を任された主人公がトラブルに巻き込まれながらも成長していく姿、ラストに向けての盛り上がりや意外性のある展開が良かった。しかし、設定にやや無理があるためか、他の３作と比べると全体として惹きこまれる部分が足りなかった。

プロフィール

女優、タレントとして活躍するほか、エッセイや絵本などの著作も多数。

選評

　当たり前の日常が遠くなってしまったこの一年。困難な状況のなか、今年も力のある作品が揃いました。応募して下さったみなさまに感謝申し上げます。
　大賞受賞作は家族での団らん風景が印象に残る、「ちびまる子ちゃん」のような王道の“ホームドラマ“です。商店街に店を構える豆腐屋の一人娘が主人公。食卓の家庭料理、豆腐作りの過程や街の空気感、周囲の風景に至るまでが丁寧に描かれ、舞台は京都ですが、さらに詳細な場所のイメージがあるのかなと想像しました。地元の友だちとの話題の中心は、それぞれの家業のこと。客足の鈍る通りを盛り立てようと知恵を絞るようすが微笑ましい。人と人との繋がりを大切に、という作者の思いが伺えます。タイトルの「キツネ」は、主人公が出会う神の使いですが、欲を言えばもう少しこのキャラクターを引き立てる要素が欲しかった。間尺に合わない変なところ、あやかしっぽさがあると魅力が増しそうな気がします。
　金賞『コードネーム：Ｎ』は、世界中から集まった子どもたちが技術を学び、平和な社会作りに貢献するというスパイ養成校が舞台。設定を理解するのに少し時間がかかりましたが展開も上手く、読み手を引き込む力を感じました。派手なアクションだけでなく、真の正義とは何か、思索を深めていく過程が描かれているのも誠実で好感が持てました。
　同じく金賞の『とりかえたなら』は、自分の性別に違和感を覚える双子の男女がこっそり入れ替わって学校生活を送る物語。理解者が現れ、迷い悩みながらも周囲の人たちへ真実を伝えようと決断する、というストーリー展開は無理がなく、登場人物も個性豊かで読み応えがありました。
　贈賞とはなりませんでしたが『推し活』は読者に好まれそうなテーマ選び、物語の運びもスムーズでかなり技術のある方と感じました。例えば主人公の悩みや葛藤がもっと深く描けると作品に奥行きが生まれるかと思います。次回作も期待しています！