編集部からのお知らせ

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なんと、1冊ぶんまるごとぜんぶ読めちゃう!
3月発売の『怪盗レッド㉗』を、さらに楽しんじゃおう‼

3月3日(月)から、全2回で『怪盗レッド㉗』の先行ためし読みもスタート。楽しみにしててね!

第3回公開♦️まるごと全文ためし読み連載
『怪盗レッド㉗ 2つの怪盗チーム、翔ける☆の巻』

ニックたちに連れ去られたアリー先輩の情報をひきだすために、
「情報屋カラス」と待ち合わせをしたアスカとケイ。
そして「タキオンの元ボス・レオンの遺した日記帳を手に入れろ」という命令を受けた恭也たちは、
オークションの会場である船に乗りこんで――!?


今回の巻に登場するのは、このメンバー!胸がおどる!!


15 敵の腹に、もぐりこめ!

  ブォ────────
 汽笛を鳴らして、大型客船が、港をはなれる。
 甲板にいるおれは潮風を感じつつ、それとなくあたりの様子をうかがっていた。
 ラカンテ共和国では唯一のこの港から、出航した大型客船が、闇オークションの会場だった。
 船の上なら、持ち逃げや盗みに対応もしやすい、ということだろう。
 それは参加者側からも言えることで、オークション主催者が売上だけを持って逃げたりもできないという、安心感がある。
 警察の取り締まりなどで、一網打尽となりかねないが、この闇オークションには、すでに何十年という歴史があることを考えると、国側とそういう話がついていると思ったほうがよさそうだ。
 カイエ氏の招待状をつかって、おれ、サラ、ツバキが船に乗りこんでいる。
 マサキは別行動だ。
 いつもなら別行動をとるのはツバキが多いが、タキオンが待ちかまえている可能性も考えて、単独での戦闘能力が高いマサキをフリーに配備した。
 おれはかんたんな変装をし、シンプルな黒のフォーマルスーツに身を包んでいる。
 客船内では、ドレスコードがあるので、ほかの招待客もスーツやドレスすがただ。
「おまたせ」
 声にふり返ると、サラとツバキがそろって、こっちにくるところだった。
 彼女たちは、着替えのために、船室に行っていた。
 ふりむいたおれは、おもわず目を見ひらく。
 サラは背中が大きく開いた真っ白のドレス。ツバキはひかえめな光沢のある青い生地の、ベーシックなドレスだ。
「予想どおり。2人ともよく似合うな」
 どんなときでも、美しいものは正義だ。
「ありがとうございます」
 ツバキも、めずらしく、かすかなほほ笑みを見せる。
「ありがと。でも、なれないわね、こういうのは」
 サラがドレスの生地をつまんで、肩をすくめる。
「たまにはこういうのもいいだろ? 思ったとおり、サラの肌の色に白はよく映える」
「まあ……悪くはないよ」
 サラが、照れたようにそっぽをむく。
「──さて。2人とも準備はいいかい? 今のおれは、ヘクター・カイエの遠縁であり代理人の、リヒト・ヤマザトだ。きみたち2人は、おれの付き添い。くる前に説明したとおりだ」
「もちろん、わかってるわよ」
「承知しております」
「オーケー。なら、この闇オークションの様子を探りにいこうか」
 おれの言葉に、2人は真剣な顔でうなずいた。
 闇オークションは、2日間にわたり、開催時間は夜だ。
 昼間は、船内で自由行動になっている。
 交流するなり、オークションの対策を練るなり、好きにすごしていい。
 招待客は、基本的に、正体をかくすため、目もとに仮面をつけている。
「なかなかすごい顔ぶれが集まっているな。あっちは、ヨーロッパの有名な自動車会社の元会長だ。あちらはネット配信サービスで、一躍有名になった企業の創業者だね。ふ~ん……思った以上だ」
「よくわかるわね、そういうの。顔はかくれてるのに」
 サラが、おどろいている。
「こんなおもちゃ、あってないようなものだ。きょ……ヤマザト様なら、すぐにおわかりになる」
 ツバキが、かすかに自慢げに言う。
「ヤマザト様なら、そうなのでしょうね……で? タキオンの関係者は、どれくらい?」
 サラが、声をひそめて、おれにきいてくる。
「ほとんどがそうさ」
 おれは、観察の結果を簡潔に伝える。
「え…………はあぁ?」
 サラが目を丸くしてききかえす。
「さっき見かけた人たちも、裏でタキオンからの支援を受けていたりするからね。つながりとしては、強い弱いのちがいは人それぞれだけど、関係のある者がほとんどさ」
「……タキオンの影響力って、表の世界にも、そんなにあるわけ……?」
 サラが、あぜんとした表情になる。
 日本では、花里グループという巨大な勢力が抵抗しているから影響が抑えられているだけで、ヨーロッパの企業は、すでになんらかのタキオンの影響を受けている。
 逆に言えば、タキオンを完全に拒絶しながら大きな事業をすることはむずかしいだろう。
 紅月美華子の会社はがんばっているようだけど、生き延びられているのは、タキオンが本気で従わせようとするほどの勢力ではないから──というのが大きい。
 サラはポカンとしている。
「──わたしはむしろ、あなたがどうして今まで、そんなことも知らずに、この裏の世界で生きてこられたのかのほうが不思議ですが」
 ツバキが、サラにむかって突き放すように言う。
「う、うるさいわね。運び屋は依頼人の詮索をしないのが鉄則よ。くわしく知ってていいことなんか、なにもないんだから!」
「まあ、だからこの船の中は敵だらけってことさ。燃えてくるだろう?」
 おれはうそぶきながら、あたりを見まわす。
「ただ──どいつが日記帳を狙ってくる相手なのかは、まだわからないな」
 どこかの企業に競り落としを依頼しているのか。
 だが、先代ボスの日記帳という重大な品物を、他人にまかせるとは、考えにくいんだけどな。
 そう考えていたとき、正面から、ひときわ人目を惹く女性がやってきた。
 首元にファーがついた黒いドレスを着て、堂々としたモデルのような足取りだ。
 うしろには、体格のいい男が2人つき従っている。
 こちらは、動きからしてボディガードだろう。
 女性は30代の前半ぐらいで、カールの茶色みがかった赤い髪が美しい。
「────見つけた。あれが本命だ」
 おれはにやりとして言う。
「えっ、きょ…ヤマザト様って、ああいう人が好みなの!?」
 サラが意外そうな顔をする。
 サラを黙らせるように、冷ややかにツバキが言いそえる。
「彼女はアイラ・エリオット。あのニック・アークライトが社長をつとめる会社、ルクソンの副社長だ」

16 怪盗の手段は、1つ

 こちらにむかって、まっすぐに歩いてきたアイラは、おれのとなりを通りすぎていく。
 すれちがうその瞬間、わずかに会釈をしてくる。
 だけど、それだけでアイラとボディガードたちは、そのまま行ってしまった。
「…………ちょっと。いまの、気づかれたの?」
 サラが、ぞっとしたように、きいてくる。
「さあ、どうかな。でも気づいていても、おかしくはないね」
 変装はしているが、そんなものはあっちもお見通しだろう。
「知り合いなの?」
「あいさつしたことがあるていどさ。ニックといっしょにいたときにね」
 アイラは、ニックが経営している会社の副社長だ。
 会社が設立されたときから、その影にはタキオンがかかわっている──とはいえ、アイラはタキオンの構成員ではなかったはずだ。
 当時、幹部だったおれと、長く話すような機会はなかった。
 ただ、調べたことはある。
 ルクソンという会社を、今の規模にまで成長させたのは、アイラだ。
 ニックは、真剣に会社経営をするほどの余力はない。
 どこかからスカウトしてきたアイラの経営手腕は、たしからしい。
「とりあえず、部屋にもどるか。2人はどうする?」
 見たいものは見た。
 すべての本番は、夜のオークションだ。
 それまでは、部屋で対策を練っておきたい。
「わたしは、いましばらく船内を調査します」とツバキ。
「たのむ」
 事前に、船の図面は手に入れてあるものの、現場から得られる情報はまたちがう。
「なら、わたしはカフェに行ってこようかな。おいしそうなケーキがならんでいたのよね」
「サラ……」
 おれとツバキに、視線をむけられて、サラがあわてたように手をふって、あたふたする。
「いや、ちがうからね。目的を忘れたわけじゃなくて。連れ同士が、いかにもあちこち調べてますって様子をしてたらおかしいでしょ。だから、船を楽しんでるすがたを見せたほうがいいじゃない」
「……物は言いようですね」
 ツバキが、ため息をついている。
「サラには、あった役目かもな。この場で船を楽しめるのは、この中ではサラぐらいのものだろうからね。お願いしようか」
「えと……それって、ほめられてる?」
 サラが、おずおずといった調子できいてくる。
「ほめてるさ、もちろん。おおいに味わってきてくれ」
 おれがほほ笑むと、サラがほっとしたように息をつく。
 その場で、おれたちはいったん解散した。
 おれはまっすぐ、自分の客室にもどる。
 おれたちには、2部屋。
 おれの部屋と、サラとツバキの使う相部屋だが、おれに一番豪華で広い場所が割り当てられている。
 主人と、その付き添いという関係性だからだろう。
 ジャケットをぬぐと、おれはベッドに横になる。
「……さて、どう攻めるかな?」
 正攻法で競り落とせるかどうか。
 それなら面倒は少ないが、アイラ本人が出向いているなら、そうはいかないだろう。
 ルクソンは、ヨーロッパ有数の貿易会社。
 本気で競り落とそうとしてくるのなら、資金面で勝てる見こみはない。
 資産家であるカイエ氏が名乗りをあげれば別だが、彼はあくまで協力者でしかない。
「アイラ・エリオット……か。彼女に指示したのならニックだろう。そしてまずまちがいなく、日記帳を手に入れることが目的だ。いっしょにいたボディガードの男たちも、かなり腕が立ちそうだったな……」
 戦って手に入れるという手段もあるが、闇オークションの運営もとうぜん警備を配置している。
 ファルコンのように一騎当千の自信があれば、やれなくはないだろうが……。
 第一、無粋だし、おれの美学ではないね。
「──となると、取る手段は1つだな」
 場所は、海上の豪華客船で、逃げ場がない。
 まわりは敵だらけ。
 正体も見ぬかれているかもしれない。
 そんな逆境だからこそ、怪盗は怪盗らしく、ふるまうとしよう。
 奇跡のようなイリュージョンをみせてあげようじゃないか。
 おれは片手にトランプを出すと、天井にむけて投げる。
 回転したトランプは、円を描きながら、天井付近まで近づく。
   パチン
 指を鳴らすと、トランプは、1本のバラに変化し、おれの手の中に落ちてくる。
 それを片手で受け止め、おれはつぶやいた。
「怪盗ファンタジスタに、不可能はないさ」

17 禁忌のオークション?

 夜になった。
 メインイベントが近づき、船内のざわめきが大きくなる。
 浮き足だった人たちで、あわただしい。
 いよいよ、オークションだ。
 おれとサラとツバキは、そろってオークション会場にむかった。
 会場は、船内の劇場を改装した場所で、座席数は150席ほど。
 壇上には、黒いフォーマルスーツを着た、40代ぐらいのオークショニアが立っている。
 オークショニアとは、客の前に立ってオークションを進める役割をする仕事だ。
 日本では資格はもうけられていないが、海外では特別なライセンスがあるのがふつうだ。
 それだけ海外には、オークションの文化が根づいている、ということだろう。
 おれたちは、会場後方の席を選んですわる。
 ここからなら、オークション参加者のすがたもよく見える。
 アイラのすがたは、中央あたりの席にあった。
 余裕たっぷりの表情で、両どなりをかためた黒服に、ときおり話しかけているようだ。
 ほかにも、昼間に見た資産家たちのすがたがある。
「それでは、オークションをはじめます」
 オークショニアが宣言し、オークションがはじまる。
「はじめは、『バッハが遺したとされる、書きかけの楽譜』です。──27万ユーロから」
 すぐに手があがる。
 27万ユーロというと、おおよそ日本円で4000万円ほどだ。
 ほかからも声があがり、競り合いがはじまる。
 劇場内が熱くなっていく。
 結局、43万ユーロで落札となった。
「とんでもない額を、あっさり出せる人がいるものね」
 サラが、目をまるくしている。
「最初だから、まだおとなしいほうさ」
 オークションは進んでいくと、だんだんと高額な落札額が増えていく。
 そして、
「次の品はこちらです。──『ある男の日記帳』」
 会場には、気の抜けたような空気が流れる。
 おそらく、それ以外に、なんら情報のない出品物だからだろう。
 オークションの出品リストにも、ただ『ある男の日記帳』と書かれているだけだ。
 これだけ情報が少ないと、逆に興味を引かれる者もいただろうし、オークションに参加してみようかと考える人もいたかもしれない。だが……。
「────60万ユーロ」
 会場の中から、入札の声が上がった。
 女性の声──アイラだ。
「60万ユーロだと……日記帳にか?」
「いったいだれの日記なんだ?」
「競り落としてみて、たしかめるか」
「バカを言うな。あれはルクソンの副社長だぞ」
 会場が、これまでとはちがう意味でざわめきはじめる。
 視線を集める中、アイラは自信たっぷりに壇上を見つめている。
 オークションは駆け引き。
 最初から、断固とした競り落とす意志を示すことで、興味本位の競争相手が介入しないように、牽制することがある。
 とうぜん、まったく正体不明の日記帳に、そんな高額を払おうという物好きはいないだろう。
 ────だが。
「70万ユーロ」
 片手を上げ、おれは声を発する。
「えっ……」
 となりにすわったサラが、かすかに声を上げる。
 アイラがちらりとこちらをふりむいた。
 もちろん、気づかないふりだ。
「75万ユーロ」
 すかさずアイラが言う。
「80万ユーロ」
「88万ユーロ」
「90万ユーロ」
 またたく間に、金額がつりあがっていく。
 ちょんちょんとおれのそでがひっぱられる。
「ちょっと。競らないんじゃなかったの」
 サラが、あせったような声で言う。
「競り落とすのは、むずかしそうだと話しただけさ。オークションに参加しないなんて、言ったおぼえはないな」
 おれは、にやりとして笑う。
「ほんとに……気分屋なんだから」
 サラが首を横にふる。
「100万ユーロ!」
 アイラが、きっぱりと入札の声をあげる。
 会場中が、息をのむように、おれの反応を待った。
「…………」
 だけど、おれが手を挙げることはなかった。
 ここらへんが、潮時だ。
 アイラがおれのほうを見て、ゆったりと笑みを深くする。
   カツン
 オークショニアのハンマーが落ちる。
 音が響くと同時に、日記帳がアイラに落札されたことが確定した。
「ちょっと、結局、あいつに落札されちゃったじゃない」
 サラが、どうするの? という顔で言ってくる。
「これでいいのさ。────どうせ、落札する資金もなかったからな」
「えっ!? ちょ、ちょっと……それルール違反よ?」
 サラが声をひそめて、あせったように詰めよってくる。
 ははは、たしかに。
 持っていない金額を提示して落札するのは、オークションではルールに反する。
「バレなければ問題ないさ。それに、これで相手がどれだけ本気かが確認できた。つまり彼らは、あの日記帳を、まちがいなく本物だと確信している──ということだろう?」
「それをたしかめるために、競りを仕掛けたのですね」
 ツバキが、こくりとうなずく。
「なるほどね。偽物の日記帳に、ここまで必死に競ってこないってわけか。さっすが、頭いいね、恭也」
「さて、ここからが本番さ」
「えっ?」
「第2幕のはじまりだよ」
 おれは言って、パチンと指を鳴らす。
 とたんに、会場のあちこちから、煙がふきだした。

18 カラスの出した条件は?

「──ある絵画を、盗んでこちらにわたしていただきたいんです」
 真夜中の映画館で、情報屋カラスに言われた言葉。
 聞こえていたけど、わたしはおもわず、耳をうたがいそうになる。
 怪盗レッドに盗みをさせるのが、条件?
 そんなこと──!
 わたしは、おもわず、けわしい表情になる。
「怪盗レッドのこと、よく知っているのよね。だったら、わたしが私利私欲のために盗まないってことも、知っているはずよ!」
 わたしの口調は強くなる。
「ええ、もちろん存じています。ですから、今回盗んできていただきたい絵画は、あなたがた怪盗レッドの仕事としても、合っているものですよ」
 カラスは、わたしの怒りの表情もまったく気にしない様子で、こたえる。
 両手を広げたりして、まるで役者みたいにおおげさだ。
「どういうこと?」
「盗んでいただきたい絵画というのは、美術館で飾られているものなのですが──じつは真っ赤な偽物なんですよ。そしてこれが、私・情報屋カラスの汚点でしてね」
 汚点と言った瞬間、カラスは顔をしかめる。
「若いころ、その絵画が、ある犯罪組織に持ちこまれたとき、私がそれを本物だと認定してしまったんです。真贋を見あやまるとは、私としたことが、大失敗です」
「ちょっと、その犯罪組織って……!」
 わたしの疑いの目線に、カラスは首を横にふる。
「タキオンではありませんよ。もう、消えてしまった組織です。そこから絵画は、紆余曲折をへて、今や表舞台へ……正式な美術館に飾られてしまっているのです。しかも、いまだにだれもそれが偽物だとは気づいていない。それほどに、おそろしい出来栄えの贋作なのです。だからこそ、私がまちがえもしたのですが」
 だれにも気づかれない贋作。
 それを、なぜわたしたちにたのんでとりもどしたいの……?
 カラスの言っている意味が、よくわからない。
「美学に反する──と申しましょうか。最初に真作だとお墨つきを与えてしまった過去の過ちが、いまだ通用している。公の場で飾られつづけている──というのが、どうにも座りがわるくてですね。あなたがたにならお願いできると思ったのですよ」
 カラスは目の前にいるのに、まるで舞台役者みたいな、大仰な手ぶりと表情で話すせいで、どうもうさんくさい。
 演劇部じゃないんだからね!
 アルフォンスさんの話からも、「情報屋」としては信用はたしからしいけど、情報屋っていうより、「詐欺師の役」って言われたほうがそれっぽいくらい。
 わたしは顔をしかめたまま、たずねる。
「……その話が本当だっていう、証拠はあるの?」
「ありますよ。こちらに真作がありますから」
 カラスは、本物だという絵画を差しだす。
 女性が描かれた紙。
「それは…………モネの素描」
 ケイは、知っているみたいだ。
 ケイの声から、意表をつかれたってことが伝わってくる。
 ケイは、美術品が好きだからね。
「この距離で見ただけでわかりますか。さすがですね。モネは19世紀後半から20世紀前半に活躍した、フランスの印象派の画家です。日本でも人気があって、定期的に企画展が組まれていますね」
 カラスは、わたしのほうをむいて説明する。
 わたしがくわしくは知らなそうだと、言いたいみたい。
 ……まあ知らないんだけど。
「その贋作は、日本のとある美術館に飾られています。あなたがたの望む情報をさしあげる条件は──この本物と、その贋作を入れ替え、持ち帰った贋作を私に引きわたすこと。期日は、明日のこの時間までです」
 カラスは、そう言ってアタッシュケースをとなりの座席からとりだす。
 あの中に、本物のモネの素描が入っているみたいね。
 それにしたって……。
「たった1日って、急すぎるでしょう!?」
 それじゃあ、ケイの下調べだって、最低限できるかどうかだよ!
「時間の余裕がないんですよ」
「どうして? その絵が移動される予定だとか?」
 絵画は、別の場所で行われる展覧会のために、貸し出されることがあるって、前にケイが言ってた。
 でも、カラスは首を横にふった。
「ちがいます。絵画のほうの問題ではありません。あなた方が欲している情報の鮮度の問題です。1日以上たってしまうと、この情報の意味は消え失せます
「「!」」
 カラスの言い方に、わたしとケイは、同時に気づく。
 それは逆に言うと──ニックたちタキオンの幹部やアリー先輩の動きが、1日以内にあるっていうことだ!
 たしかに、事態が動きだしてしまってから、情報があっても、なにもできなくなる!
 わたしがケイを見ると、視線があった。
 同時にうなずきあう。
 やるしかないっ!
「わかった。その条件で、引き受ける。でも、入れ替える前に、その絵画が本当に本物なのかどうかは、確認するからね。もしウソをついていたなら、この話はなしよ」
「とうぜんですね」
 カラスは、にっこりとほほ笑んで、うなずく。
 どうにも、つかみどころのない人だ。
 それでも、今はもう、この人しか手がかりがない。
 厳重な警備をされているはずの美術館からの、絵画の入れ替え。
 やってやろうじゃない!

19 最大の敵は、プロフェッショナル

 夜の9時すぎ。
 カラスから指定された美術館に、わたしはきていた。
 あれから大急ぎでケイが下調べをして、わたしはいつでも行けるように体を休めたり、準備をしたりして、夜をむかえたんだ。
 時間が限られているからと、昼間に実行するって可能性も考えたけど……。
 怪盗ファンタジスタならやりかねないけど、レッドのやり方じゃないからね。
 いつもどおり、閉館後の夜を選ぶことにした。
 今回は、ただ盗むだけじゃなくて、絵画の入れ替えがあるからね。
 そのために、わたしは片手にアタッシュケースを持っている。
 暗闇にまぎれて美術館の壁を乗りこえると、壁の中に降りたつ。
 防犯カメラの位置と、巡回の警備員がいる場所は、とうぜん頭に入っている。
 わたしは、かがんだ体勢のまま、すばやく美術館の建物まで近づく。
 電子ロックのかかった、スタッフ用の入り口のドアの前まで行く。
 わたしは、カードキーを取りだす。
 ケイが特急で準備してくれた、カードキーの複製だ。
 カードキーを鍵の部分にかざすと、カチャリとかすかな音がして、緑のランプがつく。
「──いくよ、ケイ」
 わたしは小声で言ってから、ドアノブをまわして、ドアを開いた。
 そのまま、目的のモネの絵画が展示されている場所まで、走る。
 薄暗い明かりの中に、モネの素描が額に飾られている。
 わたしは持ってきた、アタッシュケースを開ける。
 中から、目の前の壁にあるのと、まったく同じ絵画が現れる。
「本当に、偽物だったんだね……」
 なんだか、信じられないよ。
 すると、インカム越しにケイが話しだす。
『偽物という言い方は、正確じゃない。カラスは贋作といっていたが、正確には美術館に飾られている絵画は、今アスカが持っているモネの素描の『模写』だ。サインまで真似ているから『贋作』として描いたという可能性が高いが、絵描きにとって、ほかの画家の絵画の模写をすることで学ぶのは、めずらしいことじゃないんだ』
 ケイが、説明してくれる。
 ん? そうか──。
 たしかに、どんなことでも、まずはお手本を真似ることから、はじめるもんね。
 武術やスポーツだってそれは同じだし。お芝居も、うまい人の演技を真似る練習もあるし。
 そう考えると、たしかに「偽物」っていう言い方はまちがってるのかな?
 美術や絵画が好きなケイからすると、その言葉づかいの差が、気になるんだと思う。
 だますための偽物なのか、練習のために描いた模写なのかじゃ、ぜんぜん意味がちがうもんね。
 わたしは、壁にかかったモネの素描に手をのばそうとして、止める。
「警報機、だいじょうぶ?」
『傾斜検知送信器は、作動しないようにしてある』
「オーケー」
 絵画には、傾斜検知送信器と呼ばれる警報機がつけられていることが多いんだ。
 名前のとおり、額が、一定以上かたむくと、警報機が信号を送って、警備室などに知らせるしくみらしい。
 わたしは、そっと絵画の額縁に手をかけてはずし、モネの素描を床におく。
 そのまま、手ばやく額装をはずして、中身の絵画を入れ替える。
 この入れ替え手順は、アルフォンスさんのところで同じものを用意してもらって、突貫で練習してきたんだ。
 そのおかげもあって、どちらの絵画も傷つけることなく入れ替えをすませ、また額をかけなおす。
 そして、さっきまで飾られていたほうの素描を、アタッシュケースにおさめる。
「これでよし、と」
 ──ふう。
 これで、任務は果たせたね。あとは、これをカラスに届けて──。
 考えながら、立ちあがろうとした、そのとき。
「──!」
 考えるよりも先に、私はもう一度体を低くして、耳をすませた。
 人の気配が近づいてきてる。
 こんな時間に、なに!?
 完全に不意をつかれた。
 見まわすけど、展示室は広々としていて、身をかくせるような場所がほとんどない!
 音もなく走って、一番近くにあったソファの下に、体をすべりこませる。
 様子をうかがっていると、つなぎのような制服を着た人が、掃除道具を持って展示室に入ってくるところだった。
 もしかして、夜掃の人……?
 美術館の展示室みたいに、人の出入りのある場所は、昼間の時間にはこまかい掃除はできない。
 だから、美術館が閉まったあとに掃除をするんだよね。
 そのことを夜掃っていうみたい。
 ケイに予告されてなかったから、あの人が、シフトとちがう動きをしたのかも……。
 とにかく、ここで見つかるのはまずい!
 このまま気づかずに通りすぎてくれればいいけど。
 仕事に手を抜かない人みたいで、最後に、床にゴミが落ちていないか、じっくり見まわしてチェックしている。
 ソファの下で息をひそめながら、わたしは行ってくれるのを祈るしかない──って。
 ……あっ!
 ソファの脚のすぐ外側に、ほんの小さな紙の切れはしが落ちている。
 もしかして、さっきアタッシュケースを開け閉めしたときに?
 あの掃除担当者の目にとまったら、きっと拾おうとするはずだ。
 そうしたら、ソファの下にいるわたしに気づくかも。
 まずいっ!
 ゆっくりとフロア中に目を配っているその人が、うしろをむく、ほんの少しの間に────!
 わたしは必死で手を伸ばして、ギリギリ指の先だけで、紙の切れはしをひろう。
 気づかれなかった!?
 わたしは、掃除担当者の動きをうかがう。
 その人は、ソファのすぐそばを通りぬけて、進み、そのまま、展示室から出ていった。
「──!」
 ふうぅ……。
 わたしはおもわず、息をつく。
 あ…………っぶなかったぁ……!!!
 様子をうかがいつつ、そっとソファの下から這いでる。
 アタッシュケースを持って、展示室から脱出した。
 カラスから出された刻限は、今夜!
 あと少ししか時間がない。
 いそいでいかなくちゃ!

20 ひさびさの大舞台で!

「か、火事か!」
「おい、出口はどっちだ!」
 客船の中はパニックになっていた。
 とつぜん、オークション会場にただよいはじめた煙に、怒声がとびかう。
 ここは船の上という、閉ざされた環境だ。
 すぐに外からの助けがこないこともわかっているから、よけいにあわてることになる。
 その瞬間、おれは煙の中、あらかじめ定めてあったルートを走りながら、変装をむしりとり、壇上に飛びあがった。
「みなさん、お静かに。これは発煙筒です。ご心配にはおよびません」
 会場中に通るおれの声に、視線が壇上に集まる。
「おい、あれってまさか……」
「引退したか死んだって言われてただろ」
「怪盗ファンタジスタ……なの!?」
 ほう、どうやら、おれのことを覚えていた「お客様」がいたらしいね。
 おれは、言い当てた女性に、とびきりのウインクを送る。
 そのときちょうど、おれの登場を演出するスモークだったかのように、煙が晴れていく。
 って、まあもちろん計算ずくだったわけだが。
 予定どおりに、会場内の人々の注目も、火事かもしれないというパニック状態から、壇上に立ったおれへと移っている。
 スターというものは、どんな状況であっても人の目と心を奪ってしまうものなのさ──どれほどのブランクがあっても、ね。
「……やはり、すがたを見せたわね。怪盗ファンタジスタ」
 アイラが、余裕を感じさせる声で話しかけてくる。
 だがそれも、とりつくろったものだということは、お見通しだよ。
「せっかくあなたが苦労して落札したものだが、この日記帳はおれが頂戴していくよ、レディ」
 おれはガラスケースに入った、日記帳をうやうやしく手に取る。
 ただの、古びた革製の手帳だ。
 この中に、秘密が書かれていると?
 気になるが、今は中を確認する時間はないな。
「あいにく、ここは海の上よ。どうやって逃げるつもりかしら?」
 アイラが、挑戦的な笑みをうかべてくる。
「それは、ここからのお楽しみだよ」
「あなたが現れるかもしれないことは、ニック様から聞いていたわ。もちろん、対策もとっている。なにをしてもムダよ。あきらめて日記帳を返しなさい。ニック様にはとりなしてあげる」
「……なるほど。経営手腕で名高いアイラ氏も、こういう場面はお得意ではないと見えるね」
「どういう意味かしら?」
 アイラが、不機嫌そうににらんでくる。
 それでも、自分が有利だと、確信しているんだろう。
「ご存じなかったかな? ────怪盗ファンタジスタのイリュージョンを防ぐことなど、不可能だということを!
   パンッ パンッ パンッ
 会場のあちこちで音がして、煙がまた吹きだしはじめる。
 最初のように火事をうたがって、騒ぎになることはない。
 だが、ふたたび視界をさえぎるには十分だ。
 おれは、煙にまぎれ、人の間をぬうように会場から出る。
「追いなさい! どうせこの船からは逃げられない。追いつめるのよ!」
 アイラが大声で指示を出し、忠実な黒スーツの男たちが、おれに迫ってくる。
「まったくもって、楽しくない追いかけっこだな、なんの味気もない」
 ろう下を走りながら、おれはため息をつく。
 ん?
 ろう下の角で、サラとツバキが待っている。
 2人には、最初の煙幕のタイミングで、会場の外に出るように指示していた。
 おれは、甲板のほうを指さし、そのまま走りぬける。
 サラとツバキが、すぐうしろを追走してくる。
「ちょっと恭也、こんな大人数の追っ手をかけられて、どうするのよ、これ!」
 サラが走りながら、文句を言ってくる。
「もちろん、考えてあるさ」
 甲板までくると、おれたちは海を背にして立ち止まる。
 追いついてきた黒スーツの男たちが、逃げ道を塞ぐようにとりかこむ。
「逃げ場はないぞ。おとなしくしろ。それをわたせば、命だけなら助けてやろう」
 よく見ると、話しているのはさっきまでオークションを仕切っていた、オークショニアの男だ。
 さすが闇オークション。
 オークショニアみずから、こういった荒事を担当するらしい。
「逃げ場がない、とは? いったいどこを見て言っているのかな?」
 おれはほがらかに笑ってみせる。
「なにを……」
 オークショニアの男が、けげんそうな顔をする。
 その疑問に答えるかのように、エンジン音が近づいてくる。
 きたな。
「飛ぶよ」
「へ?」
 おれの言葉に、サラは目を見はり、ツバキは小さくうなずいてこたえる。
「「!」」
 おれとツバキはまったく同時に、甲板の柵を飛びこえる。
「えっ? ちょっ……!」
 サラの声がきこえるが、とまどったのは一瞬だ。
「おまえら!」
 オークショニアの男の怒鳴り声と同時に、
「もうっ! あなたといると、こんなんばっかりなんだから!」
 瞬時に腹をくくったサラが、文句を言いつつも、おれとツバキにわずかにおくれて、甲板の向こう側へと、飛んだ!

21 風を切って飛ぶ!

 海にむかって、おれたちは落ちていく。
 体全体で、空気を切り裂く感覚は、ぞくぞくするほど爽快だ。
 もちろん、そこにあいつがいると確信しているからこそ、だが。
 海のむこうから客船に突進するようにむかってくる、モーターボート。
 その操縦をしているのは、マサキだ。
 モーターボートは急減速すると、即座に海になにかを投げ入れる。
 ボンッ、と海の上に3つのエアークッションが広がる。
 おれは空中で、サラとツバキのほうをむき、エアークッションを指さす。
 おれは両手両足を広げて、落下スピードを落とす。
 サラとツバキも、同じようにして落下スピードを落として備えている。
 さすがは、おれのパートナーたちだな。
 もう海が目の前だ。
 ボンッと、エアークッションの上に落ちる。
 弾む体を体幹でコントロールし、すぐにバランスをたてなおす。
 サラとツバキも、うまくエアークッションの上に降り立っていた。
「タイミングばっちりだったな、マサキ。さすがだ」
 おれは横づけされた、モーターボートに飛び乗りつつ、マサキに言う。
「なにを気楽におっしゃってるんですかっ! タイミングが合うかヒヤヒヤしましたよ!」
 サラとツバキも乗りこみ、すぐにマサキが発進させる。
 その様子は、早送りの動画のように、なめらかで、あせった様子はない。
 おれたち4人は、まるで1つの大きな生き物のようにスムーズに動いた。
 船を見あげると、客船の甲板から、黒スーツたちがこっちを見下ろして怒鳴っている。
 そのとき、客船のかげから、別のモーターボートが現れる。
 その上には、何人かの黒服たちが乗っている。
「ちょっと、恭也!?」
 サラが、悲鳴をあげる。
「船から脱出される用心のために、人を伏せておいたようだな、さすがだ」
「闇オークションの運営側の者でしょうか?」
 ツバキが、きいてくる。
「いや。あれはアイラのほうだな」
 船の上に、アイラといっしょにいた、ボディガードの1人がいる。
「アイラ? あいつがきているんですか!?」
 マサキがその名前に反応する。
 そういえば、以前、少し仕事の邪魔をされたことがある、と言っていたか。
 多少なりとも、因縁があるのかもしれない。
「そうだ。それだけに、こいつの中身を読むのが楽しみだな」
 おれは言って、上着の内ポケットから取りだした日記帳を見せつける。
 手に入れてすぐに、防水のケースに収めてある。
「それなら早く、ゆっくりと確認できるところまで移動しましょう。スピードをあげます、つかまってください!」
 マサキが言って、モーターボートの速度が急加速する。
 うしろから追ってくるモーターボートも、はなれずについてくる。
 マサキは、極限までスピードが出るよう改造しているはずだが、それにもついてくるとは……。
 このまま陸につければ、先回りされて挟み撃ちになる可能性があるな。
 それがわかっているから、マサキも海上でふりきろうと移動しつづけている。
 マサキのとなりには、ツバキがすわって、海路のナビゲーションをしている。
 こういうときだけは、まるで一心同体のように動く2人だ。
 ──まあ、それ以外では、常にいがみ合っているのだが。
 さて。
 追ってくるあいつらの足をひっぱる方法だが……。
 考えながら、追ってくるモーターボートを見ていたときだ。
 ふいに殺気を感じ、とっさにサラの頭に手をおいて床におしこめつつ、自分もふせる。
「ちょっ! なにす……!」
   チュンッ
 モーターボートに、なにかがかすめる。
「撃ってきたわよ!?」
 サラがさけぶ。
 アイラといた黒スーツの男が、銃をかまえている。
「頭を下げておいたほうが、よさそうだ」
 あいにく、こちらには銃なんて無粋なものはない。
 持っていたとしても、うつくしくないから使わないだろうな。
 さて。
 これは本格的にどうにかしないと、まずそうだ。
「敵の増援です」
 ツバキが簡潔に報告する。
 別方向からモーターボートが、こちらにむかってくる。
「ちっ!」
 マサキが、モーターボートを急ターンする。
「きゃっ!」
 その動きについていけずに、サラの体がボートから投げだされそうになる。
 落ちる──!
「サラ──!」
 おれはすぐさまサラの腕をつかんでボートの中に引きずりこむ。
 だが、その一瞬は、敵からしたら隙だらけだったんだろう。
   チュンッ
 おれとサラを狙って、銃弾が飛んでくる。
 ボートの床に倒れたサラにかぶさるようにして、かばう──が。
「くっ……」
 腕にするどい痛みが走った。
 どうやら、へたくその銃がまぐれ当たりしたようだ。
「恭也っ!!」
「「恭也様!?」」
 操縦席のマサキとツバキが、叫んでいる。
 右腕を見ると、みるみるうちに、服から血がしたたり落ちてくる。
「大丈夫だ。弾は抜けた」
 だが、かすっただけ、とは言いがたい。
 残念ながら、重要な血管を弾がかすめたようだ。
 痛みにくちびるをかみしめるが、いまはそれどころじゃない。
「マサキ、気にせずに飛ばせ!」
 急速に血が流れているせいか、汗が吹きだしてきて、目の前がひどくゆれる。
 一刻も早く止血をする必要が──。
「今、応急処置を」
 異変を感じたらしいツバキが、操縦席からこちらにうつってきて、おれににじりよる。
 とはいっても、今できるのは、腕を縛りあげ出血量をおさえることくらいだが。
 それでも、だいぶいい。
「助かったよ、ツバキ」
 お礼を言うと、ツバキが顔をゆがめる。
「マサキッ! 早く安全な場所におつれしろ! ここでは手当てもろくにできないっ!」
 ツバキらしくない、大声で叫ぶ。
「わかってる!」
「大丈夫だ。このぐらいの傷は……」
 おれは体勢を立て直そうとして、痛みに顔をしかめる。
「なに言ってるの! そんな青白い顔して。わ、わたしが勝手についてきたせいで、恭也が……!」
 サラがくしゃくしゃに泣きそうな顔をしてる。
「子猫ちゃんのピンチを守るのは、とうぜんだろう?」
 おれは笑う。
 うまく笑えているかは、わからなかったが。
「こんなときまで……かるいんだから」
 サラがキッ、とマサキのほうを見る。
「この積んであるの、使っていいのよね!?」
「ああ。使いどきか」
 マサキがうなずく。
「なら、わたしがやる。あわせて」
「いいだろう。ミスするなよ」
「だれに言ってんのよ。わたしは、運び屋ゲパール! 裏の世界の運び屋なのよ!」
 サラがつかんだのは、ボートに積んであったカラーボールだ。
 ごく間近に迫った敵のボートにむけて投げる。
 ボールがまっすぐに飛び、ボートの操縦席の男のひたいのまんなかに命中する。
   パンッ!
 ボールが割れ、青っぽい煙が飛び散る。
「げふっ!」
 とたんに、操縦席の男だけでなく、周囲の黒スーツの男たちが、苦しそうに咳きこみはじめる。
 催涙ガス入りのカラーボールだ。
「命中! マサキ、次」
 マサキが、ボートを急旋回させて次へ向かう。
 敵は銃をもっているが、こちらにある例の日記帳を取りもどす必要がある。むやみに撃ちこむことはできない──はずだ。
 マサキの操縦するボートは、まるで海の生き物のように猛スピードではね、もっとも接近したタイミングで、サラが、敵のボートの中にカラーボールを投げこむ。
 あちらこちらで男たちの悲鳴があがっている。
 操縦者を失った敵のボート同士が接触して、投げ出される男たちもいる──。
 これはかなりひどい状況だろうな。
「恭也のかたきは、とったわよ!」
 サラが、マサキを見る。
「縁起でもないことをいうな! 飛ばすぞ。しっかりつかまっていろ!」
 マサキの操るモーターボートがスピードをあげて、みるみる追手をふり切っていった。

22 「中立」の意味って?

 映画館は、この前きたときと変わらず、ひと気がなく、ひっそりとしていた。
 絵画の入れ替えをしたその足で。
 わたしとケイは、絵画の入ったアタッシュケースを持ったまま、この場所──カラスと会った映画館にやってきた。
 正体は知られているっぽいけど、一応、顔をかくすようにマスクを上げる──。
 カラスは、昨日とまったく同じように、映画館の座席にすわっていた。
 わたしとケイが入っていくと、カラスは立ちあがる。
「お待ちしていましたよ、怪盗レッド」
 カラスはうやうやしく、頭を下げる。
「持ってきたわ」
 カラスに、アタッシュケースを開いて、絵画を見せる。
「ありがとうございます。では、約束どおり、その絵画をこちらにお引きわたしください」
 カラスが、きいてくる。
「いいけど、先に情報を教えてくれない?」
 わたしは言ってみる。
 ここまできて、カラスが裏切るとは思わないけど──。
 なにもかも言いなりっていうのは、納得できないしね。
 わたしたちにとっては、どんなことをしても今夜、手に入れたい情報なんだから!
「いいでしょう」
 カラスが、あっさりとうなずいたので、わたしはおどろく。
 カラスは、言った。
「──タキオンの幹部たちは、そろって、とある列車に乗ります」
「列車……?」
「札幌駅を始発とする列車で、1日で日本を縦断し、出雲市駅までを走る、全車両貸し切りの特別列車です。乗るのは、列車のサービスに関わるもの以外は、すべてタキオンの関係者ですね」
 列車を貸し切りにする、って──タキオンの目的が、さっぱりわからない。
「そこに、緋笠アリーも乗る予定なの……?」
 わたしは一番気になっていることを、確認する。
 おもわず、声がふるえそうになる。
 カラスはうなずいた。
「確定ではありませんが。アリーヤ・ガーネットは、ニック・アークライトと行動を共にしている、という情報をつかんでいます。ニックが乗るのであれば、アリーヤを連れていくでしょう」
「ニックが……」
 わたしは、くちびるをキュッとむすぶ。
 ニックに、そんな指示を出せるのは、ボスであるノアだけ。
 ノアはどうして、妹のアリー先輩を、そんな危険な目にあわせるの……?
「タキオンのボスは? 列車に乗るの?」
「その情報はありませんね。とはいえ、タキオンのボスの動向となれば、最高レベルに入手のむずかしい情報ですから。たとえ私でも、知り得ないことはあります。ただ……」
「なにかあるのか?」
 ケイが、するどい視線をカラスにむける。
「ボスの情報がまったくつかめない反面、幹部連中の動きは、やけにかんたんに入ってきたなと感じまして」
「こちらでは、なにもつかめなかったが」
「それは、そのていどの技術しか持つ者がいないということでしょうね」
 と、カラスが淡々と告げる。
 ケイが、ギリッとくちびるをかんだような気がしたよ。
「ご心配なく、あなたがたが劣っているわけではない、私が並外れて優秀なだけです。まあ、そんなわけですから……これは私の考えすぎかもしれませんがね」
 カラスは肩をすくめる。
「ご用命いただければ、情報をお売りしますよ。──ただし、次はお代を頂戴しますが」
「……!」
 情報屋という立場で、大きな組織を相手どって、やってきた経験のためなんだろうか。
 下手に出て、依頼主の顔色をうかがうようなところが、まったくない。
「情報屋カラスは中立」──と、ケイが言っていたのも、こういうところなのかも。
 うさんくさいけれど、信頼できる。
 って、いまではわたしの勘も、そう言ってる。
「こまかい列車の発車時刻などの情報は、こちらにまとめてあります」
 そう言って、カラスはA4サイズの用紙を差しだす。
 ケイが手を伸ばして受けとった。
「記憶したら、燃やしてください」
「じゃあ、絵画をわたすわ」
「頂戴しましょう」
 わたしがアタッシュケースを差しだすと、カラスが両手で受け取った。
「その絵画は、どうするつもりだ?」
 ケイがきく。
 調べたケイは「贋作とも言い切れない」と言っていた。
 だから、ゆくえが気になるのかもしれない。
「処分したりはしませんし、だれかに売ったりもしませんよ」
 カラスは、そんなケイの気持ちを察したのか、はっきりと言いきる。
「これは贋作だと個人的には思っていますが、これほどの作品となると、贋作だという証拠があるわけでもありませんからね。できれば、だれの手による作品かを突き止めて、その上で、あらためて表に出したいとは思いますが」
「──ならいい」
 カラスの答えに納得したのか、ケイはうなずいてあっさりと引く。
 カラス自身も、自分の失敗で絵画が偽物として扱われるようになるのは、もうしわけないという気持ちがあるのかもね。
「わたしの情報が、お眼鏡にかなったようで、なにより。さて。それでは私はそろそろおいとまいたします。──幸運を祈っております」
 カラスはそう言って、ためらいなく背をむけて出口にむかう。
 引き際も堂々としてる。
「──ねえ、カラス」
 わたしがおもわず呼び止めると、カラスは出口の手前で足を止めた。
 ふり返って、わたしを見る。
「なんですか?」
「どうして、わたしたちにチャンスをくれたの? 中立だってきいたけど、こんな情報を流したら、タキオンからは敵対したとみなされるんじゃないの?」
 中立ってきいていたから、もっとあいまいな情報しかくれないかと思っていたけど……。
 幹部の動きまで情報をくれた。
 ここまでしたら、タキオンがだまっているとは思えない。
 少なくとも、これからタキオンと仕事なんて、できなそうだけど。
「中立なのは変わりませんよ。──ただ、私はこれでも平和主義者なんです。争いは好みません。でも、タキオンはその真逆すぎる。私にとって、不都合が大きいと判断したまでです」
「……?」
 どういうことなんだろう?
 わたしが意味をつかみかねていると、
「……単純にいえば、タキオンがきらいってことです」
 カラスはそう言って、ニコリと笑って去っていく。
 わたしは、ようやくカラスという人間が少しだけわかった気がした。
 中立っていうのは、のらりくらりしているからじゃないんだ。
 カラスの確固たる信念からくるものなんだってことが。
 カラスが映画館から出るのを最後までは見送らずに、わたしは頭を切り替えて、ケイを見た。
 ケイも、書類を食い入るように読みこんでる。
 時間はない。
 今は、もらった情報を、どう活かすか考えないといけないんだ。
「タキオンだけが乗る列車──ね」
 アリー先輩がそこにいるのなら、どうにかして忍び乗るしかない。
 そして、もっとむずかしいのは──乗りこんだあと、今度は、ぶじに脱出しないといけないってこと。
「帰ったら、すぐに作戦会議だ」
 ケイが言って、わたしはうなずく。
 待っててね、アリー先輩。
 いま、助けにいくから!

23 たった1つの方策

 モーターボートが岸につく。
 海のほうを見ても、追手の影はない。
 海岸も、だれかが待ちかまえている様子はないし、人気もなかった。
「ここは……?」
 わたし──サラは、マサキとツバキに質問する。
「近くにセーフハウスがある。恭也様を連れて休める場所だ。連れていくぞ」
 マサキが、気を失った恭也を抱きかかえてボートから下ろしながら、こたえる。
「サラ、これを持ってて」
 ツバキから差しだされたのは、あの日記帳だ。
「えっ……いいの? 大事なものでしょ!」
「わたしは、ほかに持つべきものがある。それに、あなたが恭也様からの信用を裏切るとは思わない」
 ツバキが、表情を1ミリも動かさず断言する。
「──! それは、そうね」
 わたしはひとつうなずいて、日記帳を受けとる。
 海岸から砂浜を進んで、さらに坂をのぼっていくと、崖の上に、目立たないようにログハウスが建っていた。
 ここが、マサキが言っていた、「セーフハウス」みたいね。
 ツバキがログハウスの鍵を開けて、中を確認する。
「大丈夫」
 ツバキが確認するとすぐに、マサキが恭也を背負って中に入る。
 わたしも、あとにつづいた。
 ログハウスの中は、思ったよりも広かった。
 2階はないけど、簡単なキッチンとベッドがおかれていて、一時的に身をかくすのには十分そうだ。
 恭也はすぐにベッドに寝かされて、同時にツバキがセーフハウスにあった治療キットを持ってきて、包帯を巻きなおしている。
 包帯の表にまでにじんだ血が、痛々しい。
 新しい包帯を巻き終えて、ツバキが立ちあがる。
「ひとまずできる治療はしました。気を失っているのは、少々多く血を失ったせいだと思います。少し輸血をしたいところですが……」
 目を閉じたままの恭也のきれいな顔を、ツバキが見おろす。
「むずかしいだろうな。病院では、逃げられない」
 マサキが首を横にふる。
「………………ごめんなさい。わたしのせいで……」
 恭也がケガをしたのは、わたしのせいだ。
 わたしをかばわなければ……。
 そもそも、わたしがボートから投げだされたりしていなければ、恭也が助けなきゃいけないこともなかった。
「恭也様自身の判断で、されたことだ。おまえが自分を責める必要はない」
「でも……」
「サラを責めるということは、恭也様の行動を責めるということ。我々は、絶対に、それはしない」
「────!」
 ツバキが、はっきりと言う。
 マサキは黙っていたけれど、その目が同意だと伝えていた。
 ……そうだろうな。
 この2人の恭也への忠誠心は、わたしもよく知っている。
 最初は、恭也とこの2人の関係ってどうなんだろう? って不思議に思ったりもしたけれど。
 邪険なのか、ていねいなのかわからない、この距離感が、2人が一番望んでいる間柄なんだということが、わかる。
「恩を感じるなら、恭也様自身に返せ」
「わかった……!」
 マサキの言葉に、わたしはうなずく。
 そのためにも、恭也に目を覚ましてもらいたいけど……。
 横たわった恭也は、青白い顔のまま、眠りつづけている。
 こんな弱々しい恭也なんて、はじめて見るよ……。
 ううん、寝顔を見ているだけなんて、運び屋ゲパールじゃない。
 わたしはキュッとくちびるをかみしめ、今、できることをしようと、ログハウスの中を見まわす。
 不用意に外に出るわけにもいかないから、なにかログハウスの中でできることがあればいいんだけどな。
 そう考えていると、ふと部屋に入ったときから気になっていたことを思いだす。
「ねえ、ここって、どこかに時計がある? 見あたらないけど」
「時計? なぜそんなことをきく?」
 マサキが、わたしの質問にけげんそうに答える。
「部屋に入ってきたときから、ずっと気になっていたんだけど……どこにも時計が見えないのに、ほんのかすかに秒針の音がするの。どこか棚の奥に、しまってあるのかしら?」
 わたしが首をかしげると、マサキとツバキの顔色が変わる。
「音が聞こえるとは、本当か?」
 マサキが、わたしに詰め寄ってくる。
「う、うん。わたし耳がいいから……どうしたの?」
 その瞬間、マサキとツバキが飛び散るように部屋の中を探しはじめた。
 小さな部屋だから、探せる場所は少ない。
 すぐに、
「見つけた。これだ!」
 ツバキが、棚の奥から、時計のようなものを取りだす。
 わたしのきいてた音は、そこからしている。
「うん、それみたい。時計なのにしまってあったの?」
 それに、やけに大きいけど。
「時限式爆弾だ。あと3分か。この部屋のドアを開けたときから、タイマーが動きだしたんだな」
 じ、時限式爆弾っ!?
 なんでそんなものが!
 いや、それを考えるより……。
「そんなの早く、外に捨てて──」
 わたしはさけぶ。
「むり。この爆弾、タイマーのほかにセンサーがついている。感知された以上、一定よりはなれると、すぐに爆発するタイプだ。外に投げても、逃げだそうとしても、爆発に巻きこまれる」
 ツバキが、時限式爆弾を目の前にかざして観察しながら、言う。
 よく、そんな爆弾を手に冷静な声が出せるものね!
 って、ツバキはそういう人だ。
「そんな……」
 言いながら、ベッドを見る。
 こんなとき、リーダーの恭也は、意識を失ったまま。
 この3人で、どうにかするしかないの!?
「どうす────」
 わたしが言いかけるよりも先に、マサキとツバキは、とっくにそのつもりだったのだと思う。
 ひたいをつき合わせるように、同じポーズで考えこんでる。
「時間はないが、解除の経験がないわけじゃない。試みる」
 ツバキが時限式爆弾をテーブルの上において、同時に片手で工具をとりだす。
「────いや。ツバキの腕で、3分以内での解除はむりだ。わかってるだろ?」
 マサキが、真剣な顔でツバキを見る。
「だが、もうほかに方法がない。このまま爆発するまでだまって待つつもりか! 恭也様がこの状態なんだぞ!」
 おもわず、というようにツバキが怒鳴る。
「いや。方法は1つ、あるだろ。おまえにも思いつかないわけはない。ツバキ」
 マサキが、言いながら、無造作に爆弾に手をのばす。
「ちょっ、なにをするつもり?」
 いやな予感がして、マサキにたずねる。
「おれにできることをする」
「……って……」
「センサーは、赤外線で熱源を探知している。だから、人がこうして持っていれば、すぐには爆発しない。センサーの範囲は、この室内の広さを考えたら3メートルていど。なら──この手がある」
 マサキは、片手に爆弾を持ったまま、スタスタと歩き始める。ログハウスのドアを開ける。
「待てマサキ、おまえ、まさか!」
 ツバキが、マサキのところへ走ろうとする。
「マサキ!?」
 わたしも、手を伸ばす。
「ツバキ。──恭也様をたのむ」
 ツバキが追いつくより前に、マサキはそう言い残すと、爆弾をかかえたままドアの外に飛びだしていく。
 ログハウスが建っているのは、崖の上、すぐのところだ。
 ためらいなく、マサキは崖のふちを蹴った。
 ────海へと。
「マサキィィィ!」
 ツバキが叫ぶ。
 次の瞬間──。

   ドゴーンッ!!!!

 海から、爆発音とともに水柱があがった。

──『怪盗レッド』27巻につづく

『怪盗レッド㉗ ピンチ!敵だらけの豪華列車☆の巻』ためし読み連載は
3月3日(月)から始まるよ、お楽しみに!

本には、迫力まんてんの、しゅーさんのイラストがいっぱい!



26巻と27巻は〈前後編〉!
どうなっちゃうの~って思ったあなたは
3月12日発売の27巻を絶対チェック!



ここまでの怪盗レッドを総まとめしたページもあるよ!


スケール満点、魅力的なキャラもいっぱいのシリーズだから、思いだせないエピソードもあったり…⁉ 最新刊までの怪盗レッドのことがパッとわかる、総まとめページです!