編集部からのお知らせ

廣嶋玲子さんの新作冒険ファンタジー小説
『異世界フルコース 召喚されたのは、チキンでした。』が、
つばさBOOKSから発売中♪
つばさ文庫読者のみんなにもオススメしたくて
HPにためし読みをのせちゃいます!
ぜひ読んでみてね!




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プロローグ

 ぼくは尾巻啓介。十一歳。
 ぼくんちは、町で長年愛されてきた小さな洋食屋だ。「どうでも堂」という超適当な名前がついているけど、料理はどれも絶品で、町の人達だけじゃなく、遠くからもお客さんが食べにやってくる。



 しかも、「どうでも堂」では、和食も中華も注文できるんだ。フランスで腕をみがいたじいちゃん、老舗料亭で修業した父さん、中華料理が得意な母さんと、最強トリオがそろっているからね。
 おまけに、お客さんの相手をするばあちゃんは元芸者。おしゃべり上手で品がいい。
 これは繁盛するしかないと、自慢するわけじゃないけど、ぼくは思う。
 そんな一家に生まれたぼくは、当然ながら料理をするのが大好きだ。刻んだり、焼いたり、煮たりすることで、食材が料理になっていくのって、まるで魔法みたいで、わくわくする。それに、作ったものを「おいしい!」って、言ってもらえるのは最高だ。
 いつか立派な料理人となって、「どうでも堂」の三代目として、活躍したい。
 その夢に向けて、ぼくは毎日がんばっていた。お店の手伝いをしたり、忙しい家族のために、朝ごはんや夕ごはんをこしらえたりするのは、いい修業だ。お店が休みの時には、父さんたちが料理を教えてくれるから、どんどんレパートリーも増えている。
 でも……。
 一つだけ不満があった。
 尾巻家には、「ジャンクフードは絶対に食べてはいけない」っていう鉄の掟があるんだ。「ああいうものを食べると、舌が鈍る」って、じいちゃんががんこに言いはるもんだから、ハンバーガーもフライドポテトもナゲットも、全部禁止。
 でもさ……。
 ジャンクフードって、やたら食べたくなるよね?

「よっしゃ! ようやくたまった!」
 十月二十四日の日曜日の朝、ぼくは大きくガッツポーズをした。
 二ヶ月かけて、こつこつと貯めてきたお小遣いが、ついに目標の二千円に到達したんだ。風呂掃除にトイレ掃除、ばあちゃんに頼まれたお使いなどをこなして手に入れた、大事な大事なお金だ。これでやっと作戦を実行できる。
 ぼくは財布にお小遣いを入れ、自分の部屋を出た。
 リビングでは、父さんと母さんとじいちゃんが、新しいメニューについて話し合っているところだった。ばあちゃんも参加していて、あれこれアイディアを出している。
 ぼくは何食わぬ顔をして、みんなに声をかけた。
「今日は友達と遊んでくるね。お昼はいらないから。じゃ、行ってきます」
 早口で伝え、急いで玄関に向かおうとしたところ、父さんが呼び止めてきた。
「あ、ちょっと待った、啓介」
「え、な、なに?」
 まさか、今日の作戦がばれてしまったのかと、ぼくはぎくりとした。そんなぼくを、父さんはまっすぐ見つめて言ったんだ。
「今度の冬休みに、限定メニューを出そうと思っているんだ。まだ先の話で、時間はたっぷりあることだし、啓介、おまえがその限定メニューを考えてみないか?」
「えっ! ぼくが?」
 そんな重要なことをまかせてもらえるなんてと、ぼくは胸がどきどきしてきた。
「ほ、ほんとにいいの?」
「ああ。定食でも、丼物でもなんでもいい。前菜からデザートまでついたフルコースだって、かまわない。ただし、おまえが実際に作れる料理であることが条件だ。どうだ? やってみるか?」
「も、もちろんだよ! ぼく、絶対お客さんに喜んでもらえるフルコースを考えるから!」
 勢いこんで答えるぼくに、じいちゃんが笑った。
「はははっ! 頼もしいねえ。さすが、ぼくの孫だよ。それじゃ、メニューの名前は、三代目のフルコースって名前にするかな」
「それ、いいですね、お義父さん。お客さんにも受けるでしょう」
「あ、ほら、啓介。出かけるんでしょ? 行っておいで」
「うん!」
 家を出たあとも、ぼくのドキドキはなかなかおさまらなかった。
「どうでも堂」で出す料理を、考えさせてもらえるなんて。これって、すごいことだ。
「どんなのにしようかな? やっぱり定食? ちょっとおしゃれに、さっぱりしたマリネなんかもそえてもいいかも。最近、揚げ物もできるようになったし、カツとか入れようかな。じゃなきゃ、からあげもいいな」
 あれこれ考えながら、ぼくはもともとの作戦を実行することにした。
 作戦名はずばり、「ジャンクフードをむさぼる!」だ。
 そう。お小遣いが二千円貯まるごとに、ぼくは禁止されているジャンクフードをこっそり買って、公園とかで一人で食べることにしているんだ。
 そして、今日は……。
「ようし! 今日はフライドチキンにするぞ! ひゃっほう!」
 塩気たっぷり、スパイスたっぷりのこうばしい衣。
かぶりついた時に、じゅわっと、口いっぱいにあふれるうまみ。肉はちょっと固くてパサついているけど、そこがまたいい。
 そして、なにより骨付き。ああ、骨付き肉って、すごくロマンがあって大好きだよ。



 ああ、チキン! 愛しのチキン!
 ぼくは口の中につばをためこみながら、ついにお目当ての店に到着し、念願のフライドチキンをゲットした。
 そのあとは、家から少し離れたところにある公園に向かった。ここなら、家族に見つかる心配がないからだ。
 ベンチにすわり、わくわくしながらフライドチキンの箱のふたを開けた。
「うまそう!」
 中には大きなフライドチキンが三つ。よくばってしまったけれど、朝は軽めにしていたし、全部食べられるだろう。
 食欲を刺激する匂いを目いっぱい吸いこみながら、ぼくは胸を高鳴らせ、いよいよとばかりに一番大きなチキンを手に取ろうとした。
 そうしたら突然、本当に突然、光の玉が目の前に現れたんだ。
 金色に輝く光は、最初は野球ボールくらいだった。でも、一瞬にして大きくなり、車くらいのサイズになったんだ。その光の中に、今度はぽっかりと暗闇が浮かびあがってきた。
 まるでブラックホールみたいだと、ぼくはぞっとした。でも、逃げようにも、どうにも体が動かない。
「だ、誰か……あっ!」
 ふいにフライドチキンの箱が強く引っぱられた。ぼくはとっさに、ぎゅっと箱を抱えこんだ。
 次の瞬間、体がベンチから引きはがされた。
 ぎゅーんと、まるで超強力な掃除機で吸われるかのように、ぼくは光の輪へと引きずられ、そのまま暗闇の中に吸いこまれたんだ。
 なにがなんだか、わからなくて、すごく怖かった。思わず悲鳴をあげたけど、声は出てこなかった。ぼくを包みこんでいる闇は、音さえ消してしまうらしい。
 ますます怖くなり、泣きそうになった時だ。
 ぱちんと、電気をつけた時みたいに、一気に周りが明るくなった。

 ぼくはびっくりしながら周りを見た。
 公園はどこにも見当たらなかった。それどころか、ここはどうやら大きな建物の中のようだ。天井も床も壁も、つやつやした灰色と白の石でできていて、立派な柱が何本も立っている。まるで外国の神殿みたいだ。
 神殿の中央には、大きな緑の石の祭壇があって、ぼくはその上に立っていた。
 目をぱちくりさせていると、オレンジ色の妙ちきりんな服を着た人達が「成功だ!」
とか「やったぞ!」とか叫びながら、ぼくのことをわらわらと取り囲んできた。



 そして……。
 その人達はぼくの手の中から、フライドチキンの箱を奪いとったんだ。
「これか!」
「なんとかぐわしい! それに、つばがわいてくるぞ!」
「なんとも不思議な現象だ。じっくり調べてみたいところだが」
「いや、そんな時間はない。一刻も早く、女王様のもとへ!」
「そ、そうだ! ごふっ! 我々の犠牲を無駄にしてはならん!」
「じょ、女王様! さあ、こちらをどうぞ!」
 なにやら血を吐きながら、その人達はフライドチキンを奥へと持っていった。奥には、頭から銀色の布をすっぽりかぶった人がいた。とても小柄だから、きっと子供だ。
 その子は箱を受けとるなり、フライドチキンをつまみあげ、頭の布を少しだけずらした。形のいい小さな口が現れ、ぱかりと大きく開いた。そして……。
 がぶり!
 その子はフライドチキンにかぶりついたんだ。
 ここに来て、ぼくはようやく我に返った。
「ま、待て! ぼくのチキン返せ!」
 ぼくは大声をあげて、祭壇から飛びおりて、奥に突進していこうとした。でも、たちまち大人達に前をふさがれた。
「なんだ、この子は?」
「これも女王様への贈り物か?」
「子供が贈り物になどなるわけないわ。たぶん、勝手についてきてしまったのよ」
「おまけってことか?」
「どいてよ!」
 ぼくは大人達を押しのけようとした。こうしている間も、ぼくのフライドチキンはどんどん食べられてしまっていたからだ。
 と、若い女の人がぼくに青く光る杖を向けてきた。
「無礼者! おまけの分際で、女王様のお食事の邪魔をするな!」
 女の人はわめきながら、杖を振るった。すると、杖から青い稲妻が飛びだしてきて、ぼくにぶちあたった。
 バリバリバリ!
 雷に撃たれたようなショックが、ぼくの全身にかみついてきた。
 一瞬で気が遠くなりながら、ぼくは理解した。
 ここがどこか知らないし、この人達の目的もわからない。でも、これだけははっきりとわかった。ぼくはフライドチキンのおまけなんだ、と。
 ……なんだそりゃ!
 そう思ったところで、ぼくは完全に気を失った。

 はっと気づけば、ぼくは知らない部屋の中にいた。
 部屋の中は、外国のような雰囲気があった。彫刻がほどこされた木製の大きなベッド、凝った刺繍がしてある壁掛け、きれいな模様が浮かびあがっているタイルの床。ドアも一つあったけれど、こちらにも彫刻がびっしり彫りこまれている。
 しばらくの間、ぼくはベッドの上でじっとしていた。頭の中がわちゃわちゃして、なにがなんだかわからなかったからだ。
 光が現れ、ぜんぜん知らない場所に運ばれ、変なやつらにチキンを奪われて……。
 ああ、チキン!
 かっと、ぼくが目を見開いた時だ。
 ふいにノックがして、ドアが開いた。
「失礼します。あ、よかった。目が覚めたのですね」
 優しく呼びかけながら部屋に入ってきたのは、背の低い女の人だった。浅黒い顔には少ししわがあり、ふしぎな形に結いあげた黒い髪にも白いものがまじっている。でも、すっきりと腰がのびていて、動きもきびきびしていた。
 白いゆったりしたスカートの上に、丈が長めの紫色の服を着て、帯をしめている。服にも帯にも、宝石みたいにきらきら光る刺繍がびっしり縫いつけられていた。すごく大きな緑と黄色の宝石の耳飾りをしているので、お金持ちそうだなと、ぼくは思った。
 固まっているぼくに、女の人は上品にほほえみかけてきた。
「私はギータ。シャルディーン国の宰相です。いきなりの召喚に、さぞかし驚いたことでしょう。体はどうですか? 痛みは残ってはいませんか?」
 とてもていねいに呼びかけられて、ぼくはびっくりしながらも、なんとか答えた。
「だ、大丈夫です」
「ああ、それはよかった。……何を言っても言い訳になってしまいますが、こんな目にあわせるつもりはなかったのです。シュナもあやまっていました。興奮していたとは言え、いきなり稲妻魔法を向けたのは本当に申し訳なかったと」
「魔法? ……あの、ビリビリした青い光のことですか?」
「はい。魔法を見るのは初めてですか?」
「…………」
 この人、ふざけてるのかなと、ぼくはじっとギータさんを見た。でも、ギータさんはすごくまじめな顔をしている。
 この人は冗談なんか言っていない。ということは……。
 ふいに、ぼくはぞわっと背筋が寒くなった。
 ギータさんの着ている見たこともない服。シャルディーンという、聞いたこともない国の名前。そして、魔法。
 普通じゃありえないことが起きている。ぼくはいったい、どうしちゃったんだろう? いったい、ここはどこなんだ? これは夢? ああ、そうか。夢の中なんだ。うん、そうに決まってる。
 心の中でつぶやいているぼくに、ギータさんが名前を尋ねてきた。
「あ、ぼくは尾巻啓介です」
「オマ、スケ? ああ、オマケ殿とおっしゃるのですね」
「いや、違います! 名字が尾巻で、名前が啓介です」
 とたん、ギータさんの顔がひきつった。
「……ご冗談でしょう?」
「え?」
「我が国の古い言葉で、オマキは弱虫、ケイスケはお尻という意味なのです」
「うそ!」
「本当です。その……このような言葉であなたを呼ぶのは気が進まないのですが……」
 ギータさんに申し訳なさそうに見つめられ、ぼくはがっくりしながらうなずいた。
「……オマケでいいです。オマケって呼んでください」
「ありがとう。では、そうしましょう。……ある意味、あなたにこれほどふさわしい呼び名はないですね。あなたはまさに、その、おまけですので」
 言いにくそうに口をゆがめながら、ギータさんは色々とぼくに教えてくれた。
 ここがアーグルマールという世界だということ。
 シャルディーンは、この世界に存在しているただ一つの国だということ。
 シャルディーン国を治めているのは、シイラディ・マハラーガ女王だということ。
 そして、その女王に呪いがかけられていること。
「呪いを解く方法は、まだ見つかっていません。ですが、このままだと女王様の体がもたない。だから、一年に一度、魔法使い達が城に集まり、召喚術を使うのです」
「召喚、術?」
「はい。女王の苦しみを和らげるものを、他の世界から取りよせる術です。非常に高度でむずかしい魔法で、四十人の高位魔法使いが全ての魔力をふりしぼって、ようやくやりとげられるものです。……彼らのがんばりによって、今回も無事にすばらしいものが手に入り、女王もそれはそれはお喜びでした。……唯一の誤算は、異世界の子供がついてきてしまったことです」
「つまり……ぼく?」
「はい、あなたです、オマケ殿」

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召喚されたのはチキンのほうで、啓介はただの「オマケ」!?
そんなの、あんまりだ!!!

しかもこのあと、この世界には、
おいしいものがな~んにもないことが発覚して…!?
異世界のヘンテコな食材で、おいしい料理を作る
啓介の挑戦が始まる!!!



「どうでも堂」でつちかった知識とヒラメキで、
とんでもないピンチを切り抜けていく啓介の大冒険を、
ぜひ、本でたしかめてね。