無料読み放題!
NEW!

\やまもとふみさんの新シリーズが、2025年秋に発売予定!!/
新作の発売を記念して、やまもとさんの超人気作
「理花のおかしな実験室」の第1巻をボリュームアップでためし読み!
理科がトクイな主人公・理花(りか)と、
パティシエ志望のクラスメイト・そらが、
お菓子作りの失敗を科学の力で解決する、わくわくドキドキのお話♪
この春、新学年にあがったみんなにオススメの、
勇気をもらえる大人気シリーズだよ★
今日は、連載第2回(第4~6章)を公開!
さっそくチェックしよう!!
◎連載第1回はコチラ
◎連載第2回はコチラ

7 ホットケーキで猛特訓
「そらくん、考え直して。どう考えてもムリだよ」
家にランドセルを置いてからフルールに行くと、そらくんは準備にとりかかっていた。そんなそらくんに、わたしは説得をはじめる。
もちろん気持ちはわかるよ?
早く上達して、おじいちゃんの弟子になりたいって。大事なお店を守りたいって!
だけどね。
だからって、急にケーキは作れないと思うんだ!
カンタンって言われているクッキーでもあれだけ手ごわかったんだから。
「大丈夫だって! カンタンなケーキだってあるだろ?」
そらくんは言うけれど、カンタンなケーキなんて聞いたことない!
わたしはそらくんをどうナットクさせようかと考える。
だけど、そらくんが自信満々で提案したのは、わたしもよく知っているケーキだった。
「ホットケーキだ!」
そらくんは胸を張った。
「ふわふわのホットケーキ、今、専門店ができるくらいに人気だし、クリームをのせたりしたら普通のケーキくらいにおいしいんだ。じいちゃんに一回作ってもらったらメチャクチャおいしかった」
「……いいと思う!」
ホットケーキなら、なんだかできそうな気がした。だってママがたまに作ってくれるから。
だけど……ふと不安になった。
「たしか、ホットケーキミックスっていうのがあるよね」
ママはいつも市販のミックスを使っている。
卵と牛乳とそれをまぜて焼くだけというものだ。
だから何が入っているのかはよく知らないんだけど、そんなのケーキ屋さんで使うかな?
「そんなものはここにはない。なんたってケーキ屋だからな。ミックスにはたよらない!」
やっぱり! イヤな予感は当たってしまう。でも、そらくんは誇らしげだ。
「じゃあ、作り方は?」
「じいちゃんの頭の中」
またか! わたしはため息をつく。
するとそらくんは苦笑いをして「ちょっとまってて」とタブレットを取り出す。
「今日はまだ一回も使ってないから、時間はたっぷりあるんだ」
そらくんはにっと笑うとタブレットを操作し始める。慣れた感じだった。
「えーと。ホットケーキ、ミックスなし、っと」
検索すると、ホットケーキの作り方が出てきてホッとする。
うん。このレシピ、ミックスは使っていない。
「小麦粉と砂糖とベーキングパウダー、それから卵と牛乳」
材料をそらくんが探すとすぐに見つかった。だけど、
「ベーキングパウダーってなんだろ?」
ベーキングパウダーの缶を見ながらそらくんは首をかしげた。
もう一度タブレットを使ってベーキングパウダーを調べる。すると説明書きがあった。
それを読みながらわたしはつぶやいた。
「重曹(じゅうそう)のことみたい」
「呼び名のちがいかな、英語だとそうとか?」
わたしは説明を読み進める。
「えーっと、……ああ、入ってるものがちょっとちがうみたい」
そこには泡の発生を助ける成分が入っていると書いてあった。
それを見たわたしは、なにか役に立つかもと思って持ってきていた実験ノートを開く。
なんだか見覚えのある言葉があった気がしたのだ。
そうだ。たしか、サイダーの実験のページ!
『熱を加えることや、泡の発生を助ける成分をまぜることで、ものをふくらませるという作用があります』
続きにはこう書いてある。
『泡の発生を助ける成分をまぜると、熱を加えるだけより、たくさんふくらみます』
サイダーを作ったとき、重曹とレモン果汁をまぜると、すぐにシュワシュワとした泡がたくさん出た。つまり、レモン果汁が泡の発生を助ける成分ってことかな。
でも、重曹を使ったクッキーの材料にはレモン果汁みたいなものは入っていなかったよね? まぜてるときに泡も出なかったし。
ってことは、あれは『熱』でできた泡をつかったんだ。
クッキーは『サクサク』でふんわりふくらんでないから、きっと焼いたときの『熱』で出た泡くらいでちょうどよかったんだと思う。
でも、今度のホットケーキは『ふわふわ』でいっぱいふくらませないといけない。
だからサイダーみたいにたくさん泡が出るように、発生を助ける成分が入ったベーキングパウダーを使うんだ、きっと。
おんなじ重曹を使うにしても、いろんな使い道があるんだな……。
「ベーキングパウダーには泡をたくさん出すものが一緒に入ってるんだ。だからふわふわのお菓子にはこっちを使うみたい」
考えたことをまとめて口にすると、
「へえ……なるほど……っていうか佐々木、やっぱすげえな」
そらくんは感心したようにわたしを見る。大きな目がキラキラしていてまぶしいくらいだった。
「そ、そんなことないよ」
なんだか恥ずかしくて、わたしは作業をしてごまかした。
小麦粉80g、ベーキングパウダー3g、砂糖20g。
卵が1個に牛乳60ml。
二人で書かれている量を正確に量る。そしてボウルに入れてまぜていく。
「さあ、焼こう!」
そらくんはさっそく言った。
ええと──とわたしは次にどうするのかをたしかめるため、タブレットの説明に目を落とす。
「フライパンを熱して油をひいて」
順に読むと、ふむふむとそらくんがフライパンをコンロの上にのせて、火をつけた。
ちちちち、と音がしてぼっと青い火がつく。
「あっ、そらくん、火、大きすぎるかも」
「早く焼けたほうがいいだろ」
そらくんってちょっとせっかちかも!
「こげちゃうよ」
「そっか」
だけど素直なんだよね。だから憎めないなって思う。
そういうそらくんだからみんな、そらくんを好きなんだろうな……。
わたしもそういうところがいいなって思うし……。
と考えかけたわたしは一瞬で真っ赤になる。
な、なに考えてるのわたし!
一人でドキドキしている間に、そらくんは油をたらして、すぐに生地を鉄のフライパンに広げてしまった。
ちょっとまって! そこはまだ説明してないよ!
「そらくん! ちょっとまって! まだ油が広がってなかったよ!?」
「そっか?」
そらくんは全く気にしない。
わあ、そらくんっておおざっぱ!!
たしか油って、フライパンに材料がくっつかないようにするために入れるんじゃなかったっけ!? ママがそれでよくフライパンをこがしちゃってた気がする!
イヤな予感がするわたしの前で、さらにそらくんはホットケーキをフライ返しでひっくり返そうとする。
ちょ、ちょっとまって! まだ入れたばっかりでドロドロだよ!?
「そ、そらくん! まだ早いと思うよ! 表面がプツプツしてきてからって書いてある!」
そう言うとそらくんはピタッと手を止めた。
なんとかブレーキ成功!
だけど、そらくんはじれた様子だ。
「なかなか焼けないな……」
じっとタイマーを見つめていたけれど、やがてがまんできないとでも言うようにそっと火を大きくした。
「これ、火が弱すぎるんじゃないかな」
「だめだよ。そらくん、弱火って書いてあるし!」
「だいじょーぶ、だいじょーぶ! ちょっとだけだし」
そう言うとそらくんはさらに火を強める。不安だけど、どのくらいの大きさが弱火なのかとかはどこにも書いていなかった。
見ているとだんだんぽつぽつができて表面が乾いてきた。ん……、なんだかこげくさい?
「そろそろいいかな」
そう言うと、フライ返しでそらくんは、えいやっと思いきりひっくり返した。
だけど生地がフライパンにこびりついていて、半分はうまくはがれなかった。上の生焼けの部分だけがフライ返しにくっついた。
あああ、やっぱり! 油がないところに生地がくっついちゃったんだ!
「うわ、くっついた! なんで!?」
そらくんはそれをごりごりとむりやりにはがしてひっくり返した。
焼けた面を見ると、こげ茶色になっている。
あ、やっぱりちょっと色がつきすぎてる!
そらくんは「やっべえ、ちょっとこげた」と言いながらフライ返しで形を整えた。
半分にやぶれたケーキの間からどろっと生焼けの生地がのぞいている。
ああ、なんかこれ、どう見ても失敗っぽいんだけど……!
「あれっ、なんか焼けてない?」
だけどそらくんはあきらめない。ドロドロの部分をフライ返しでぎゅうぎゅうとフライパンに押し付けはじめた。
ハラハラと見守るわたしの前で、そらくんはさらに火を強めた。
あああああ、なんかもうこれはトドメかも!
そして。イヤな予感は見事に的中してしまう。
「ああ………」
表面は真っ黒。中はベチョベチョで生焼けのホットケーキができてしまったんだ。
「これじゃあ、とてもじゃないけど、じいちゃんのところに行けないな……っておれ、やっぱり向いてないのかも。『幻の菓子』どころじゃないよな」
ケーキを前に、そらくんががっくりと肩を落としている。
一緒に落ち込みたい気分だったけれど、わたしまで落ち込んじゃったら、そこで修業は終わっちゃう。
こんな、失敗の原因もわからない中途半端な終わりは、ゼッタイ、イヤだ。
胸の奥でメラメラと気持ちが燃え上がる。
「……失敗した理由を考えてみたらいいかも」
「理由?」
「手順、ちがったところがあったよね」
「んー? そうだっけ? 佐々木の説明のとおりだったと思うけど」
どうも覚えがないようだ。
わたしは思い出しながら口を開く。
「まずフライパンに油が広がる前に生地を入れたよね? だからくっついたんだと思う」
「……」
むう、とそらくんはむずかしい顔をした。
「それから、火加減。強火だったからこげちゃったんだよ」
「……オーブンだと温度設定できるんだけどなあ」
「弱火と中火と強火があるみたいだから、気をつけよう? 弱火って書いてあるから、たぶんじっくり焼けばちゃんとできるはずだし、まだ材料は残ってるから、もう一回やってみようよ? わたしも今度は先にじっくりレシピ読んでから、前もって説明するね」
励ますと、そらくんはにっと笑った。
「そうだな。まだ材料はあるし……今度こそうまく作ってみせる!」
そらくんの切り替えの速さがうらやましい。
ふと思い出した。
そらくんが運動会のリレーで転んだときのこと。
そらくんが起き上がったときには、他の子はずいぶん先に行ってしまってて、ゼッタイゼツメイってみんな思ってた。
だけどそらくんだけは、負けるもんかって、顔を上げてぐいぐいと走り出して。最後には前を走る子に追いついた。
あのときのそらくん、すごくかっこよかったんだ。
「佐々木?」
不思議そうに呼ばれてハッとした。
ちょっと見とれてしまっていたみたい。恥ずかしくなったわたしはあわてて言った。
「え、えっと、じゃあ最初から!」
手順は最初に戻る。材料を量るところからだ。
そらくんが計量カップを手に持って牛乳を量り始めたので、わたしはその間に卵を割ることにする。
さっきそらくんがすごくカンタンにやってたから、できるかなって思ったんだ。
でも、ドキドキだ。わたし、家でのお手伝いはあんまりしてなくって、せいぜい、野菜を洗ったりするくらいなんだ。
真似して、コンコン、と恐る恐る卵をテーブルに打ち付けると、小さなヒビが入った。
え、えっと。これを……半分にする感じ?
指に力を入れると、卵の殻がぐしゃっとつぶれる。
「わっ」
殻が入っちゃう! あわてると、そらくんがわたしの手の中のつぶれた卵をとった。
「思い切ってやるのがコツかも。ヒビを入れるときも、割るときも」
つぶれた面を上にすると、そらくんは割れ目に両手の親指を当てる。そして殻をぱかっと左右にかるく開く。すると、ボウルの中に卵がするんと流れ落ちた。
「そ、そらくん、上手だね……」
「おれもよくつぶしてたんだけどさ。かなり練習したんだ」
そらくんはにっと笑う。
自主練してるってそういえば言ってた。こういう練習だったんだ。
すごい! かっこいい……!
感心しながら、さらに砂糖と牛乳と粉を入れてかきまぜる。
いち、に、さん、し。
ときどき粉が飛び散る様子を見ていると、ふと思い出した。
昔パパに読んでもらったなあ、《しろくまちゃんのほっとけーき》っていう絵本。
思い出しながら、10回まぜるとだんだん粉が卵と牛乳と溶け合った。
20回で、クリームみたいになってくるけれど、まだ小麦粉のカタマリが残っている。
あー、ボウルは重いし……なんだかうでが疲れてきちゃったよ!
でも、あとちょっと! ……と30回まぜたら、やっとカタマリがほとんど溶けてなくなった。
「じゃあ火加減に注意して……」
油をひいてぬれぶきんで冷ましたフライパンに、お玉を使って生地を流し込む。
まあるいクリーム色の円ができる。
じっくり、じっくり、とわたしとそらくんは静かにまつ。
するとぽつぽつと泡が表面に浮かんできた。
頭の中にまた絵本の絵が思い浮かぶ。
あざやかなオレンジ色の表紙で、中ではしろくまの親子がホットケーキを焼いている。
「ねえ、『しろくまちゃんのほっとけーき』って本、知ってる?」
わたしがたずねると、そらくんはうなずいた。
「じいちゃんが読んでくれたんだよな。あれと、あとは『ぐりとぐら』のカステラのおかげで、菓子を作りたくてしょうがなくってさ。けどじいちゃん、まだ早いって手伝いさせてくれなかったんだ。でも、メッチャうまかった……なんか思い出したら早く食べたくなってきたな」
ぽつぽつがたくさんできてきたところでひっくり返すと書いてある。
だけどまだ表面は生焼けでどろっとしている。
「これ、ひっくり返すのってむずかしいよね……」
さっきの失敗を思い出してしまう。
びくびくしていたけど、
「次はうまくいく。まかせとけって!」
そう言うとそらくんはフライ返しをかまえて、ケーキの下に差し込んだ。
「たしか、じいちゃんは、こうやって……っと」
そしてフライ返しをふわっと持ち上げるようにすると、そのままくるりと半回転。
「えいっ」
ホットケーキはきれいに裏返って、ちゃんと焦げ目が上にきた。
「すごい! 上手!」
思わず言うと、「じいちゃんの見てたからだな!」とそらくんは得意そうだ。
でも、そういうのって見てただけでできるものなの!? じつはすごく才能あるんじゃないかなって思う。
「これから2分くらい弱火で焼いたらいいみたい」
タイマーをかけるとあとはまつだけ。
ようやくちょっと肩の力がぬけた。
そしてタイマーが鳴り、わたしとそらくんはお皿にケーキをのせる。
見た目は、さっきとは比べ物にならないくらいにおいしそう。
きっと大丈夫だ!
期待に胸をふくらませ、わたしたちは一口ずつ一緒に口に入れた。
「おいし、い?」
「おいしいよね!」
二人で顔を見合わせる。口の中が甘いにおいでいっぱいになる。
うん、今度はちゃんとホットケーキの味がする!
あんまりおいしくて、あとちょうどおやつタイムでお腹が空いていたのもあって、ほとんど食べてしまったあと、
「よし! じゃあ次こそ、じいちゃんに持っていくやつ、作ろーぜ!」
そらくんははりきって、ボウルに入れた材料をぐりぐりと勢いよくかきまぜる。わたしとちがってすごく速いし、手首を上手に使っているかんじで、なんだかプロっぽいと思った。
100回はゼッタイ超えているのに、ぜんぜん疲れた様子がない。
すごい。わたし20回で疲れちゃったのに! これも自主練してるってことなのかな?
そらくんがわたしが感心するくらいたくさんまぜると、だんだん生地がもったりとしてきた。
わたしは生地をさっきと同じようにフライパンに流し込んだ。
同じように焼いてみる。
弱火で表面にポツポツができるまでまって、ひっくり返す。
だけど……あれ?
「…………ふくらまない?」
裏を焼いていても、同じだった。
さっきのケーキよりずいぶんぺったんこなケーキに仕上がってしまった。ケーキっていうより、おせんべいっぽい形だ。
「味はおいしいかも!」
不安そうなそらくんを励ますように切り分ける。そしてそらくんと一緒に口に入れた。
だけど、
「さっきとちがう……固い……もそもそしてる……え、なんで……?」
そらくんがぼうぜんと言い、わたしも眉をひそめてだまりこむ。
というのもケーキが固くて、のどに詰まる感じで、なかなか飲み込めなかったんだ。
「なにが、悪かった? さっきとおんなじだっただろ!? ……うわあ……さっきのじいちゃんに持っていけばよかった」
がっくりと肩を落としたそらくんをどう励まそうと思っていると、外でチャイムが鳴った。七つの子のメロディは、日が暮れたから帰りなさいっていう合図だった。
ああ、でも、このままのそらくんを置いて行きたくない!
「そらくん、元気だして」
必死で励ますと、そらくんが顔を少しだけ上げる。その顔はまだ曇り空。だけど、わたしには、そらくんが上を見て、立ち上がろうとしているように見えた。
うん。もうちょっとだ、もうちょっとでまた立ち上がってくれる気がする! 笑ってくれる気がする! あのリレーのときみたいに!
「失敗は成功の元だよ。もう一回、挑戦しよう?」
そらくんの口元にふっ、と小さな笑みが浮かんだ。
ああ、やっぱり!
「そうだな! ……でも──挑戦って、なにをどうやって?」
「手順にまだおかしなところがあったんだと思う。だから、もう一回《ケンショウ》だよ」
実験が失敗するとパパはよくそう言ったのだった。
そしてさらに言った。
まちがいから新しい発見があるんだって。
そらくんの笑顔をもっと大きくしたくて、思わず力が入ると、
「ケンショウって、なんかむずかしい言葉使うんだな」
そらくんが言って、わたしははっとした。
ああ! 変なやつって思われる!
だけどそらくんは「はははっ」と、いつものように晴れた青空みたいに笑って言ったんだ。
「佐々木って、面白いな!」
面白い? 初めて言われたかも。もしかしたらバカにされるかもって構えていたから、ちょっとびっくりする。
「そ、そうかな?」
そらくんはうなずくと「あと、強いな。……ありがと」と少し照れたように笑う。
強い? それも初めて言われたし、強いのはそらくんの方だと思ってたからおどろく。
なんだか気恥ずかしくなりながらも、そらくんの笑顔がもどったことに、わたしはすごくホッとした。
8 ものを比べる方法
一回目の黒こげケーキと、二回目の成功したケーキのかけら、最後の固いケーキを半分。
それぞれ持ち帰ったわたしは、お皿の上にのせてじっと見つめてため息をついた。
「何がおかしかったのかなあ」
一回目の失敗は、火加減がだめだったのは明らかだったけど、問題は三回目だ。
おんなじように作ったのにどうして失敗したのか、まるでわからなかった。
「理花、どうしたの?」
ママがふしぎそうにたずねる。
「そらくんとホットケーキを作ったんだけど、どうして失敗したのかわかんないの。ママ、わかる?」
「ママにわかるわけないわよ~!」
ママはカラッと笑って言った。そこ、胸を張って言うところじゃないと思うんだけどな!
「パパは?」
「今日は遅くなるって」
「えぇ?」
返ってきた言葉にがっかりする。
「メールでも書いてみたら?」
ママに言われてノートパソコンを開いた。パパはわたしがいつでも使えるようにしてくれているのだ。
『ホットケーキが固くなるのはどうして?』
というタイトルでメールを書き始める。
ちゃんと説明をしないとパパも意味がわからないだろうな。そう思って、今日あった出来事をカンタンに書いてみる。
黒こげのホットケーキ。成功したホットケーキ。そしてなぜか失敗したホットケーキ。
手順は黒こげのケーキ以外はまちがっていないはずなのに、ぜんぜんちがうケーキができてしまったこと。
メールを書き終わると送信する。
ぱたん、とノートパソコンを閉じると、ママが待っていたように声をかけた。
「理花、夕ご飯は焼きそばにするから、もやし洗って! 根っこを取って!」
ええー、メンドウクサイ──って言葉をのみこむ。今日のそらくんを見たら、もうちょっとお手伝い、がんばろうかなって思っちゃったんだ。
だってあんなにきれいに卵を割れたら、かっこいいよね!?
「……はぁい!」
そう返事をすると、ママは目を丸くした。
「あら、いい返事!」
キッチンに行ってザルに入れたもやしを洗う。
もやしの根っこを取ったほうがおいしくなるらしいけど、面倒くさがりやのママはあんまりやりたがらないのだ。
って、わたしもそんなに好きじゃないけど……がんばらなくっちゃ!
ぷつぷつと根っこを取っていると、ふと思い出す。
そういえばパパともやしを育てたことがあったなって。
暗いところと明るいところで育ててチガイを調べたんだけど、暗いところじゃないと『もやし』みたいにならなかったんだ。
原因は太陽の光。光が当たると、葉っぱが緑色になって伸びすぎちゃう……って……あれ?
そのときのことを思い出したわたしは、あることをひらめいた。
「そうだ! チガイを調べるためには比べるんだ!」
わたしは超特急で残りのもやしの根っこを取ると、自分の部屋に行く。
そして実験ノートを開いた。もやしの実験のところを開くと、表がかいてあった。
「表!」
そうだ、比べるときには表をかく! パパが言ってた!
わたしはそのまま勉強机の椅子に座るとノートをめくる。そして真っ白なページを見つけると、一番上に鉛筆で「ホットケーキが固くなるのはなんで?」とタイトルを書く。
そして少し考えてから、タイトルの下に『手順』、『一回目』、『二回目』、『三回目』、『ちがい』と書いた。
うーん、だけど一回目は明らかな失敗だったから、まぜるとわかりにくくなるかも。
そう思ったわたしは一回目の文字を消す。今調べなければいけないのは『二回目』と『三回目』のチガイだから。
定規を使って間に三本のたて線を引いていく。
すると四列の表ができあがった。
手順の欄にホットケーキの作り方を一つ一つ書き込んでいく。
まず『分量を量る』。量ったのはそらくんだけど量はわたしもいっしょに確認した。
『二回目』、『三回目』の欄に「そらくん、理花」、『ちがい』に「なし」と書き込む。
次は『材料をまぜる』。『二回目』には「理花」。『三回目』の欄には「そらくん」と書いたとたん、はっとした。
「あ!」
全部おんなじだって思ってたけど、ここはちがう!
興奮しながら、そのまま次の手順で表を埋めていく。
だけどあとの手順にチガイはない。わたしは『そらくん』という文字を指差した。
「ってことは……ケーキが固くなったのってこれのせい?」
次の日、わたしは少し早めに学校に行くと、そらくんの靴箱にこっそりと手紙を入れた。
『失敗の原因について気づいたことがあるんだけど、学校じゃ話しづらいから、今日の放課後、フルールに行って大丈夫かな? 佐々木理花』
なんだかすごく大胆なことをしている気分だった。靴箱に手紙とかって、な、なんていうか、ら、ラブレターみたいだし!
だけど直接話しかけるのはやっぱり人の目が気になってしまうんだ。
ドキドキしながらそらくんの登校をまつ。そらくんは気づいたらしく、わたしを見ると大きくうなずいた。
ホッとしたわたしは放課後をまってフルールへと向かった。
そらくんはすでに準備完了していた。早く早くと急かされてわたしはエプロンを着けた。
「あのね、昨日とおんなじように作ってみようと思うんだ」
「え、答えわかったんじゃないの?」
そらくんはじれた様子だ。だけどわたしは首を横に振った。
「まだわたしがそうじゃないかなって予想しているだけ。だからちゃんと正解かどうかたしかめたいんだ」
「《ケンショウ》ってやつか」
そらくんは苦笑いしながらも「わかった」とうなずいた。
「じゃあやるか」
まず道具を用意する。ボウルに泡立て器、秤に計量スプーン。それからフライパンとフライ返しをそれぞれ二つずつ。
二つずつにしたのは、一緒にやったほうがチガイがわかりやすいからだ。
それから昨日と同じように小麦粉、砂糖、ベーキングパウダー、牛乳を量る。
「まず、量った粉類をまぜ合わせて、ふるいにかける。そして、卵と砂糖と牛乳とまぜるんだけど……」
わたしはそらくんに、同じ材料の入ったボウルを手渡しながら言った。
「今日は比べるために、同時にまぜてみたいんだ。昨日と同じくらいでお願いできる?」
そらくんはうなずくと泡立て器を構えた。
「せーの!」
そらくんはすごくきれいな手付きで、生地をまぜている。
だけどわたしはやっぱり途中で疲れちゃって、粉が溶けて消えるくらいで手を止めた。
昨日と同じくらいで、30回がせいいっぱい。
「おれ、200回まぜた!」
おでこに汗をかいて、自信満々なドヤ顔をするそらくん。
わたしの回数とそらくんの回数を次のページに書き込む。
三列の表を作り、一番上の列には『作る人』『そら』『理花』、二列目は『まぜる回数』『200』『30』と書いた。
「じゃあ次。焼くぞ~!」
そらくんが張り切る。
わたしはフライパンをコンロにのせながら言った。
「火の強さも同じにしよう。昨日と同じ火加減にしないと、何が原因なのかわからなくなっちゃうから」
そう言って同時に火をつける。そして炎の大きさを同じにそろえた。
「徹底してるな、すごい」
わたしはちょっと恥ずかしかったけれどうれしくなる。
こんなふうにほめられることってあんまりないから。
一緒にフライパンに油をひく。
温まったところで生地を流し込む。
二回目、成功したときと同じように進めていると、やがて表面にぽつぽつが現れる。
ふと気がつく。
同時に二枚ひっくり返すのはムズカシイので今度はわたしもチャレンジしないといけないってこと!
「そ、そらくん、わたし、ひっくり返すのはできないかも!」
きっと大惨事だ!
そう言うと、そらくんはちょっと考えてフライパンのふたを二つ出してきた。
「これならいける! おれ、最初はこれでやってた」
言われてわたしははっとした。ママがオムレツなどをひっくり返すのがニガテでやる方法だ!
そらくんがやるのを見ながら、フライパンを斜めにする。
ホットケーキをすべらせて、焼けた面を下にしたままふたにのせる。
そしてホットケーキをのせたふたにフライパンをかぶせる。
ママがやるのは見たことがある。だけどいざとなるとドキドキする。
「せーの! えいっ!」
同時にフライパンとふたをひっくり返すと、焼けていない面がきれいに下になった。
やった! できた!
心の底からホッとする。あとは裏側が焼けるのを待つだけだ。
「うーん?」
そらくんが二つのホットケーキをにらんで唸りはじめた。
「うそだろ?」
どうやらそらくんも失敗の原因に気がついたみたいだ。
だけど食べてみないと完全にはわからないし。
焼けるのを待って、わたしとそらくんは二つのケーキにかぶりついた。
一つはふっくら。
もう一つはあんまりふくらまず、固いホットケーキだった。
「うわああ……まじで!?」
そらくんが頭を抱えた。
「なんだよー、じゃあ、『ホットケーキが固くなる事件』の犯人って、おれじゃん!」
チャイムが鳴り、時間切れとなる。
そらくんはちょっとがっかりしていたけれど、「もう一回やる!」と言って材料を量りはじめた。そして、わたしにむかって、
「あとは一人で大丈夫! 今日はありがとな!」
とガッツポーズをした。
そんなそらくんに「頑張ってね!」と言うと、わたしは家に帰る。
なんだか足元がふわふわとしている。気を抜くとスキップを始めてしまいそう。ケンショウが成功したからかもしれない。
だけどそらくんがひっそりつぶやいた言葉が耳によみがえって、ふわふわした足を地面に引き戻した。
『原因はまぜる回数だってわかったけど……どうしてそうなったんだろ?』
家に帰るとパソコンを開く。
いつもみたいに検索をしようとしたけれど、何をどう調べたらいいのかわからなくて、「だめだぁ」とわたしは音を上げる。
そういえばパパからのメールの返事もない。
「ママー、パパは?」
「今日も遅いって。ほら、もうすぐ学会だから」
学会っていうのは、日本中、世界中の研究者たちが集まって自分の研究について発表するイベントのことだ。年に何回もあるんだけど、そのたびにパパは忙しそうだ。
あーあ。しょうがないけど困ったなあ。
そう思いながら部屋に入ると、机の上に一冊の本が置いてあった。
あれ? いつの間に?
本は開かれていて、真ん中にちいさなメモ紙が挟んである。
そこには『分子模型』という絵が描かれていた。ぐるぐる巻きのばねみたいな絵の下にはグルテンと書いてある。
これ、なんだろう? ちゃんと読もうと椅子に腰掛ける。
するとある一文が目に飛び込んできた。
『小麦粉には、グルテニンとグリアジンという物質が含まれている』
小麦粉っていう言葉がなんとなく気になって続きを読む。
『その二つは、水と混ざると互いにくっつきあってグルテンという弾力のある別の物質を作る。こねればこねるほどグルテンが形成され、弾力が増し……』
ちょっとかたくるしい説明が続く。言葉がムズカシくて頭に入ってこなくて、わたしが休憩を入れたとき、一枚の写真が目に入った。
小麦粉をこねて作ったグルテンを、両手で左右に引っ張っているという写真だ。
そのネバネバ具合がなにかに似てる、と思ったわたしは答えに気がついた。
「これ……ゴムみたい……って、あれ?」
わたしははっとする。
これ、パパからのメールの返事だ!
わたしの質問、「ホットケーキが固くなるのはどうして?」についての答え。
わかった。パパ、わたし、わかったかも!
よろこびが一気にこみ上げてくるのがわかる。
「そっか。ネバネバができすぎたから、ケーキがふくらみきれなかったんだ!」
ホットケーキに入っている小麦粉をたくさんこねると、生地はゴムみたいになっちゃう。
ゴムって、引っ張るとその分伸びるけど、元の形に戻ろうとするよね?
だから、ゴムみたいな生地だと、せっかくガスを発生させても元に戻るちからに負けてふくらまない。だから固くなるんだ!
すごい、すごい!!
やっぱりどんな失敗にもちゃんと理由があるんだ!
自分でたどり着いた答えにわたしは興奮する。
思わず本を持ち上げたわたしだったけれど……本の表紙に書かれている文字を見て一気にユウウツな気持ちになった。
そこには、
『料理の科学事典』
と書かれていたのだ。
「科学……」
料理だからと安心しきってふくらんでいたわたしの気持ちは、急にしゅるしゅるとちぢまってしまった。
とたんに、『変わってるよね』という言葉が浮かび上がって、耳の中でうわんうわんと鳴り始める。
「ちがうよ。これは料理だよ。お菓子作りだから!」
自分に言い聞かせて、変という言葉を消そうとする。
「料理、料理だから」
耳をふさいで、そう言い続けていると、声は小さくなったけれど……。
だけど完全に消えてしまうことはなかったんだ。
9 女子の憧れ、ゆりちゃん
寝不足で目がしぱしぱする……。
料理と科学についていろいろ考えていたら、あんまり眠れなかったんだ。
昇降口の靴箱の前でふわああ、とわたしが大きなあくびをしたときだった。
「理花! おはよう!」
その声を聞いて、わたしはびっくりして一気に目が覚めた。
だって男の子の声だ。
今まで男の子でわたしのことを名前で呼ぶ子はいなかった。だけどたった一人だけ、思い当たる男の子がいた。
でも……まさか……。
恐る恐る振り向くと、そこにはそらくんがニコニコ顔で立っていた。
ひゃっ! うそ!
そらくん、今、わたしのこと、名前で呼んだ!? 聞き間ちがいじゃない、よね?
「お、おはよう」
急接近したみたいに思えて、ドキドキするよ!
わたしがあわあわと挨拶を返していると、他の子が続々と入ってきたけれど、その中のひとりを見てわたしは固まった。
『ゆりちゃん』が立っていたのだ。
慌ただしく靴を履き替えるそらくんには、いろんな子が声をかけていく。
「そら~、今日帰ってから遊ばねー?」
「んー、用事ある!」
「なんか、この頃、用事多くねえ? 新作ゲーム買ったんだぞ! おまえタブレット規制された~って文句言ってたくせに、やりたくねえの?」
「やりたいけど……ごめん! また今度な!」
誘いは絶えない。そらくんはやっぱり人気者だ……ってそれどころじゃなかった!
男の子たちがみんな行ってしまったあとも、ゆりちゃんは不思議そうに……それから少し不満そうにわたしのことを見つめていた。
「今の、なあに? そらくん、どうして理花ちゃんのこと名前で呼んだの?」
「な、なんでだろー? わかんない」
わたしは笑ってごまかすと自分も教室へ向かおうとする。だけどゆりちゃんはわたしの後ろにぴったりとついてきた。
カワイイものが大好きで、本人もお人形みたいにカワイイ。
今日も耳の横で二つに結った柔らかそうなくせっ毛がくるくるしている。
ゴムはお花の飾りがついている。
パステルカラーのボーダーニットに、白いスカート。淡い紫色のハイソックス。
とても女の子らしい女の子で、クラスの中心人物って言っていいのかな。女子はみんな憧れてる。
女の子はかわいくないといけないって、ゆりちゃんを見てると思わされてしまうんだ。
でも……。
『それが宝物? 理花ちゃんって変わってるよね……虫とか好きなのって男の子みたい』
ゆりちゃんを見ていると、昔と同じことを言われている気がしてくる。
そう。わたしを変だって言ったのはゆりちゃんだった。
悪気はなかったんだと思う。
だけど、それ以来、ちょっとニガテ意識があって……。
仲が悪いわけじゃないけど……わたしのなかでは少しキョリができてしまっている。
「理花ちゃんって、そらくんとなにかあったの? このごろ仲良さそう」
ゆりちゃんはやんわりと追及してくる。くるんとしたまつげはカワイイけれど、目がちょっと怖い気がする。
たぶん、気のせいじゃない。
ゆりちゃんはそらくんのこと、好きって言ってたから。
いや、きっとほとんどの女の子がそらくんのことが好きなんだと思う。
その気持ちはよくわかる。
だってそらくんって、ただ顔がかっこいいだけじゃなかった。
お菓子作りを通して、そらくんの色んな面を見てしまったけれど、一つ一つを思い出すとかあっと頬が赤らむのがわかる。
卵を割るのが上手なところとか。
実はちょっとおおざっぱなところとか。
失敗したら落ち込んじゃうところとか。だけど、すぐに立ち直るところとか。
そして……すごくおじいちゃん想いで、強くて大きな夢を持っていることとか。
学校では見られないそらくんをいっぱい見た気がする。いいところも悪いところもいっぱい知った気がする。
たぶん、みんながそれを知ったらずるいって言うくらいに。
そう考えると急に怖くなってしまってウソをついた。
「な、なんにもないよ。そらくんはだれとでも仲良くするタイプだからじゃないかな……」
とてもじゃないけど二人でケーキを作ってたなんて言えるわけがない!
うん、このことはナイショにしておいたほうが良さそうだ。
だってお菓子作りは偶然が重なっただけだし、もう終わったことだし。
知られたら、どうして理花ちゃんなんかと? って言われるに決まってる。
あ、そらくんにも名前で呼んだりしないでって言っておかないと。
ま、万が一、つ、つきあってるとか──、変なふうにゴカイされてしまったら、そらくんにめいわくかけちゃうし!
そんな事を考えていたら、
「理花! あのさ! ちょっと相談が──」
戻ってきたそらくんがひょっこり顔を出した。わたしはぎゃっと飛び上がりそうになる。
「相談? 理花ちゃんに?」
じとっとしたゆりちゃんの視線が痛すぎる!
ピリピリした空気がただよう。
まずい!
「そ、相談とかわたしなんかじゃムリだよ!」
わたしは叫ぶと、たまらずトイレへとダッシュした!
「あ、おい、理花!?」
だから、佐々木だよ~っ!
振り返ることもせずにわたしはひたすら走った。
ああもう! そらくんって、もしかして、空気が読めないの!?
理花とそらの<お菓子作り=実験>のゆくえは!?
このつづきは第1巻を読んでね!