無料読み放題!

極秘情報にせまるファンタジスタ、
そのころ、アスカとケイも、最高難易度のミッションへ――!?
衝撃のラストだった、1さつ前の26巻。
いったい、あの人はどうなっちゃったの――!?
とドキドキしていたみなさん、お待たせしました!
物語の続き【後編】『怪盗レッド(27) ピンチ!敵だらけの豪華列車☆の巻』が
3月12日に発売予定♪
発売まで待ちきれない! 早くつづきが読みたい!
そんなあなたにおくる、ひと足早いためし読みページ!
ヨーロッパで動く恭也たちファンタジスタチーム、
日本列島を縦断する、怪盗レッドチーム、2つの怪盗から、目がはなせない!
最高にハラハラドキドキのストーリー、開幕です!!!
(全2回・火金公開)
ためし読みはここからスタート!
0 プロローグ
アリーがいるのは、机とイスとベッドのほかにはなにもない、シンプルな部屋だった。
トイレとバスルームの個室もあり、ホテルの一室のようにも思える場所だ。
だけど、たぶんここは、ホテルじゃない。
アリーは部屋の様子から、そう予測をつけた。
この部屋の唯一のドアは、外側から鍵がかかっていて、開かない。
そして、床から2メートルほどの高さの場所に小窓があるだけだ。
それだけが、今が昼なのか夜なのかを教えてくれていた。
こんな作りのホテルは、さすがにないと思う。
「脱出は――――無理」
何度も、脳内でシミュレーションしてみた。
けれど、方法は思いつかなかった。
アリーが部屋を出られるのは、食事のときだけだ。
食事だけは、別室に連れていかれて、ダイニングらしき場所でとる。
1人のときもあるし、ニックや、タキオンの幹部がいっしょのこともあった。
この室内でも、食事をとれるスペースは十分にあるけれど、アリーの気分を変えるためなのか。
それとも、食事のときにナイフやフォークを手に入れられないように、警戒してのことなのか。
それはわからなかったけれど、アリーにとっては、ほかの幹部が食事に同席するときは、情報を得るチャンスでもあった。
「ここはどこ?」
「どうして、わたしをここへ?」
「ノアの指示があった?」
ニックは、アリーの質問にはまったく答えなかった。
そのくせ、最近の世の中のできごととか、今はどうでもいいことばかりを、ほがらかに話した。
兄は――ノアは、どう関わっているんだろうか。
わたしを、どうするつもりなんだろうか。
そんな数日がつづいて、ある日、ドアがノックされた。
さらってきたというのに、アリーのいるドアは、かならずノックされる。
そして、アリーの返事があってから、ドアが開けられた。
丁重にあつかわれている――と言えるのかもしれない。
「なに?」
アリーが短くきくと、
「ニック様が、ご用だそうです」
ドアの向こうには、スーツすがたの男が立っていた。
その背後のろう下に、ニック・アークライトのすがたがあった。
「なんの用」
「アリーヤ。きみは、本当につれないな。幼いころは、もう少し心を開いてくれていたと思うんだけどね……」
ニックが、幹部たちと話すときとはちがう、少しだけやわらかな口調で話す。
「それはおたがいさま。今のあなたは、わたしにも、なにを考えているのかわからない。そんなことを言いにきた?」
アリーが表情を変えずに言うと、ニックが首をかしげてほほ笑む。
「いや。……きみを連れて、外にいこうと思ってね」
外?
「わたしを解放するの?」
「いや。残念ながら、もう少し付き合ってもらう」
「付き合うって、どこに」
アリーの問いに、ニックはニヤリと笑った。
「終わりの始まりの場所だよ」
1 日本列島を切りさいて
学校が終わった放課後。
わたしとケイは、いっしょにラドロのビルにきていた。
前の日の夜、カラスからきいた情報を、ケイが知らせて、ラドロで調べてもらっていたんだ。
案内されたのは、いつもの部屋じゃなかった。
広い会議室のような、はじめてとおされる場所だった。
室内には、わたしとケイのほかに、ラドロのボス――アルフォンスさんと、そして、エメラがいる。
なんというか、不思議な顔ぶれだよね。
中学生2人と、車椅子のおじいさんと、そして大人の女性っていう取り合わせもそうだけど。
とくに、エメラが。
だって、エメラは、タキオンの人。
残りの3人にとっては「敵」なんだから。
でも、いま、エメラは、わたしたちに助けを求めている立場なんだ。
もともとエメラは、アリー先輩の忠実な護衛だったんだって。
それがそのまま、タキオンの幹部になって。
護衛の役割をはずされたあとも、アリー先輩につきしたがっていたらしい……。
そんなとき、ニックたち、タキオンの幹部が現れて、アリー先輩を強引に連れていこうとした。
エメラは守ろうとしたけど、ファルコンたちにやられて。
アリー先輩はそのまま、連れ去られてしまった。
エメラは、ひどいケガを負ったまま、わたしたちにそのことを知らせてきた。
「アリーヤ様を、助けてほしい」って。
その必死な様子からは、とてもタキオンの罠には見えなかった。
それに――。
もちろんわたしは、なにがあったって、先輩を助けるに決まってる!
そしてわたしたちは、アリー先輩救出のための合同作戦をとることになったんだ!
カラスが教えてくれた情報で、そのアリー先輩の居場所が、ようやくつかめた。
居場所がわからなくて、ずっとじりじりしていたけど、これでやっと動けるんだ。
「集まったな」
アルフォンスさんが、わたしたちを見ると、すぐに手もとのスイッチを操作する。
すると、壁一面が巨大スクリーンになって、そこに横長の図が映る。
えっ?
「……日本の、地図?」
わたしは、とつぜん現れた地図に、首をかしげる。
「カラスから得られた情報をもとに調べた結果、裏がとれた。タキオンの幹部たちが乗りこむ列車とは、やつらの貸し切りだ。札幌駅を出発し、終点の出雲市駅まで、27時間をかけてむかう寝台特急だ」
アルフォンスさんがきびしい声で言うと、スクリーン上の地図に、北海道から島根県までのルートが、赤い線で表示される。
まるで、日本列島を、切りさいていくみたいに。
「そこにアリー先輩も乗るの?」
「それについては、わからない。だが、ニックが連れていることを踏まえれば、その可能性が高い」
「タキオンの幹部が、日本の列車を貸し切りにするって、どういうつもりなのかな? まさか、みんなでのんびり旅行するっていうわけじゃないんでしょ?」
寝台特急の旅なんて、おもしろそうだけどね!
悪者たちの集まる場所としては、違和感がありすぎるよ。
「タキオンの幹部たちが、ともに旅行に出かけたことは、過去一度もない」
そりゃあ、そうだよね。
みんなでなかよく旅行やショッピングなんて、するようなやつらじゃない。
「目的は、わからない。列車に乗るふりをして、べつの場所で行動するということも考えられる……が、今のところ、ニックたちは札幌にむかっている。そして、明日には、列車が発車する予定だ」
うーん……?
「わかんないな。札幌から出雲市に移動するってだけなら、そんなめんどうなことしないだろうし。『移動』以外に、どんな目的があるの?」
考えてみるけど、さっぱりわからない。
「エメラは、なにかわかる?」
「いや。ただ、これだけ大がかりな動きなら、ニック自身がこれを仕切っていると考えていい。そして――ニックは、ムダなことは決してしない」
つまり。
これには必ず、なにかの意味がある。
そういうことなんだね。
たしかに、ニックと今まで戦ってきた感じから、綿密に計画を立てて動くタイプだったよね。
同じ幹部の中でも、ファルコンや伊織に指示を出して動かす立場のように見える。
その動きから、エメラがきっぱりと「ムダなことはしない」というのも、なんとなくわかる。
恭也とは、真逆――。
ムダなことばっかりするせいで、本音や、次の動きが読めない、あの人とは正反対だよね。
そんな恭也も、すこし前までは、タキオンの幹部の1人だったんだ。
よくあのニックと恭也が、いっしょに幹部をやっていたよね。
……まあ、とくに仲がよかったとは、思えないけど。
「それ以上に、気になることがある。ノア・ガーネットの動きだ」
ケイが、むずかしい顔をしてる。
「ノアの動きって?」
「情報が皆無。一切、なにもわからない」
「カラスが言うとおり、タキオンほどの組織のボスの情報がつかみにくいのは当然ではある。だが、こうもつかめないとは……謎めいている」
アルフォンスさんも、腕を組んで、しかめっ面だ。
でも……!
アリー先輩をタキオンの幹部が連れていったのには、絶対ノアが関係しているはず。
だってノアが、タキオンのボス――最高責任者なんだから!
「あのさ、ノアの居場所がわからないってことに意味がある……とかは? ないかな?」
わたしは、思いついたことを言ってみる。すると、
「ふむ、幹部が表だって動いていること自体が『目くらまし』ということか。ありえなくはない」
アルフォンスさんが、かすかにほほ笑んで、うなずいてくれる。
ケイが、考えこみながら意見を言う。
「あくまで推測だが。――これは、タキオン内部でさえノアの動きをつかめないようにしているレベルだと感じる」
えっ?
「それって、どういうこと?」
「まるでノアの存在が消え失せたかのように、見事に情報が消えている――ということだな」
アルフォンスさんが、つけ足す。
「えっ。でも、ニックたち幹部は、日本にきてるわけでしょ。ボスのノアがすがたを消してたら、ふつうはあわてない?」
「幹部たちは、ノアの予定を知らされているのかもしれない。幹部たちを目立つように動かしたのはノアで、その影で、自分のすがたを消したとも考えられる」
だとしても、そうしてる間に、ノアがすることって、なに?
だれから、隠れているの?
わたしたち?
でも、こんな大がかりなことをするかな。
幹部全員とノアまで秘密裡に動くとしたら、それはまるで――。
本気で、こっちをつぶそうとしているってことにならない!?
だけど、今のところはそんな気配はない。
相手の意図が、まったくわからない。
だからこそ、恐怖なんだよね。
わたしたちが気づかないうちに、とりかえしのつかない、決定的な破滅がおきようとしているんじゃないかって……。
だから、ケイもアルフォンスさんも、必死になっているんだ。
タキオンが、いったいなにを企んでいるのか。
ノアの目的は?
う~ん……わたしが考えても、わかるわけがないよ!
ただ、はっきりしてることもあるよね。
わたしは、立ちあがって、3人を見まわす。
「とにかく! この列車は明日には走りだす――そして、わたしたちがやることは、変わらない。でしょ!?」
わたしたちは、アリー先輩を助ける。
そしてもし、タキオンがなにか計画しているのなら、それを阻止する。
それだけだ。
わたしと目が合って、ケイがしっかりと、うなずきかえす。
「そうだ。――おれたちは、この列車に乗る」
2 この駅、巨大すぎ!?
翌日の夜9時すぎの、東京駅。
わたしとケイとエメラは、駅の構内を歩いていた。
変装は、中学生に見られないくらいにしてある。時間が時間だしね。
それにしても、東京駅は、とんでもなく広い……!
ショップは100軒以上入っているし、まわりのいろんなビルと直通でつながっているし。
どこからが駅で、どこからがそうじゃないのか、わからなくなるぐらい。
そんな駅の構内を、ものすごくたくさんの人が歩きまわっている。
ものすごいスピードで歩きまわっているおとなが多い上に、その間に大きな荷物を押している観光客や子ども連れの家族もいて、とにかくめまぐるしい。
通路全体が、まるで大きな河みたい。
人の流れに飲まれてはぐれちゃったら、合流するのが大変そうだよ。
「――――例の列車の到着は、10時00分。発車は10時5分だ。列車の到着までに、準備をすませておく必要がある」
人混みの中でもきこえる声で、ケイが言った。
東京駅についてすぐは、乗り物酔いで真っ青な顔をしていたケイだったけど、だいぶ調子を取りもどしたみたい。
邪魔にならないような通路のはしに寄って、わたしたちは最後の打ち合わせをしていた。
こんなにたくさんの人の中では、立ち話をしているくらいでは目立つこともない。
「……この駅で、例の列車に、乗りこむ人たちがいるってことだったよね?」
と、わたしが言うと、ケイがうなずいた。
「ああ。27時間走りつづける列車の旅だ。乗客たちは乗ったままだが、当然ながら車内で働く乗務員は交代しなくてはならない。車内の仕事にもシフトが組まれていて、中で交代で休憩をとっても、27時間を同じスタッフだけで連続勤務することは不可能だ。そして、今回の列車で、乗務員の交代が行われるのが、この東京駅だ」
ニックたちタキオン幹部が乗った列車が、東京駅に止まり、その間に、スタッフが交代する。
そのタイミングで、わたしたちが列車に乗りこむ――というのが作戦なんだけど。
「わたしたちは、交代で列車に乗りこむ予定の清掃員と入れ替わるってことだよね。そのために、まずは、そのスタッフを、この東京駅の中から見つけないとだけど……」
と言いながら、わたしはあたりを見まわす。
ここにくるまでは、そんなに難しいことだと思ってなかったんだけど。
この駅、わたしの知ってる「駅」じゃないよ!
こんな、とんでもない広さ。
そして、たくさんの人の中から、めあての清掃員の人たちを、本当に見つけられるのかな!?
もっと余裕があれば、清掃員が東京駅に集まるよりも前に入れ替わっておく方法もあったんだけど、時間的に難しかったんだよね……。
「顔は覚えてある。見ればわかる」
エメラが、確信している顔でうなずく。
乗りこむ予定の清掃員の情報は、ケイとアルフォンスさんが調べていて、その中には、顔写真もあった。
でも……そうはいっても、いきかうおおぜいの人の中から、本当に見つけられる?
この東京駅には、外国人もたくさんいるから、エメラの容姿もめだたない。
念のため、マスクもしているし。
「それより、エメラ。本当に、タキオンと敵対しちゃって、いいの?」
ここから先、行動を開始したら、もうひきかえせない。
タキオンの幹部でもあったエメラが、敵に回ったことが知られたら、ただではすまないはずだ。
アリー先輩を助けたい、という意思はきいた。
そのために、わたしたち――レッドに助けを求めてきたんだから。
でも、エメラ自身が、今まで所属していた組織と敵対するのは平気なの……?
「迷いはない。そもそも私の主は、アリーヤ様1人。タキオンに忠誠を誓ったことは一度もない。ましてや、やつらはアリーヤ様に手を出した。もはや――敵だ」
エメラが、きっぱりと言う。
「わかった」
その言葉を、まなざしを、わたしは信じられると思った。
それに――。
ボスの「妹」として、あんな怖い組織の人たちにとりかこまれていたアリー先輩のそばに、こんなにもまっすぐに心を寄せてくれる味方がいてくれたことが、わたしはうれしいんだ。
表情の変化も、言葉も少なくて、親しい人をつくることも、自分の未来のことも、考えられないようだったアリー先輩。
でも、こんなに大事に思ってる人がいるなんて。
後輩のわたしにも、ほっとすることだよ。
「――――監視カメラの映像に、清掃員のすがたが引っかかった。こっちに向かっている」
ケイが、タブレット端末を見ながら言って、わたしとエメラは姿勢をただす。
わたしとエメラが話している間も、ケイはずっと監視カメラを、チェックしてくれていたんだ。
「それで、作戦はどうする?」
「プランBだ。なるべく、騒ぎにならないようにする」
「りょーかいっ!」
わたしは、おさえた声で答えながら、エメラを見る。
エメラも、しっかりと、うなずいた。
いこう!
3 3人の力を合わせて!
人がいきかう東京駅の通路で、わたしたちはなにげないふりをつづけながら、待ちかまえる。
すると、向こうがわから、清掃員の服装の男性1人と女性2人が歩いてきたっ!
ケイのナビは今日もバッチリ。
あの人たちの行く手に先まわりできたってわけ。
「……いくよ」
わたしは、息をととのえて気分を落ちつけてから、清掃員の人たちへ近づいていく。
向こうも、わたしが清掃員の制服を着ているのを見て、「おや」という顔になった。
歩いてくる速度をゆるめる。
「あのすみません。○×クリーニングの坂井様ですか?」
わたしはおとなの声色で、話しかける。
「は、はい。そうですが」
清掃員の制服の女性――坂井さんが、少しとまどった様子で答える。
わたしは「同業者」っぽい親しさをにじませて、ほほ笑みかける。
「よかった、おつかれさまです。わたくし、○×クリーニングの松来様から、こちらの現場の受け持ちを交代するように承った、△×クリーンの浅原と申します」
ていねいな口調で、わたしは前もって準備していたセリフを口にする。
「えっ!? そんな話、きいてないですけど……」
坂井さんは言って、ほかの2人に視線を送る。
けれど、その2人も、わけがわからないという顔をしている。
わたしは、申し訳なさそうな顔をつくって言う。
「急に決まったそうなのです。こちらでの仕事は、わたくしどもにおまかせいただきまして、坂井様がたには、こちらにある現場に向かってほしいと、御社の松来様から言づかっております」
わたしはそう言いながら、ケイが用意してくれた書類を差しだす。
坂井さんは、受け取った書類を、けげんそうに見つめている。
「急にそんなことを言われても……。たしかに松来はうちの上司ですが、他社の方に伝言をたのむなんて、おかしいですし……」
「とつぜんで、ご心配ですよね。お電話で確認されてはいかがでしょうか」
わたしは、そううながす。
「そうしてみます」
坂井さんがスマホを取りだして、どこかに連絡をいれる。
「あれ、つながらない……? ……あっ、松来部長? 坂井です」
無事に通話がつながったらしく、スマホで話しはじめる。
「――はい――はい。それでは、本当に、この方たちは、部長が直接、依頼されたってことなんですね? ここの現場は、おまかせしていいんですね? ……わかりました。次の現場が10時半なら、いまここから向かえば間に合います。この現場はあずけて、指定の現場に向かいます」
うん、どうやら、話がまとまったみたい。
「あの、ところで、松来部長? 今日は定時で帰宅される予定だったのではないですか?」
……っ!?
坂井さんが電話の向こうにした質問に、わたしは思わず顔が引きつりそうになったけど、なんとかおさえる。
「えっ……あ、このために、わざわざ出勤されたんですか。ありがとうございます」
坂井さんが通話を切って、改めてわたしのほうを見る。
さっきまでの不信感は、消えていた。
「いま、確認がとれました。失礼いたしました。この現場はおまかせします」
坂井さんが頭を下げると、ほかの2人も頭を下げた。
ほっ……。
「いえいえ。とつぜんのことで、とまどわれるのは当然のことです。それでは、この現場はおまかせください」
「お願いします。あっ、あの……」
「はい?」
立ち去りかけたわたしを、坂井さんが、呼び止める。
な、なにっ!?
「――おたがい、がんばりましょうね」
それまでの、かたくるしい口調とはちがう。
同じ仕事をする者同士の親近感がうかがえる表情で、言ってくれる。
わたしも、おもわず自然に笑顔になった。
「そうですね。坂井さんたちも、急な現場変更で大変だと思いますけど、がんばってください」
おじぎをして、坂井さんたちは、元きた通路を引きかえしていく。
あっという間に、人波の中で、坂井さんたちのすがたは見えなくなって。
「ふぅ……びっくりした」
わたしは、深く息をつく。
そこに、少しはなれたところにすがたを隠していた、ケイとエメラが合流する。
エメラの手には、スマホがある。
「うまくやってくれたみたいね。それにしても、エメラにそんな技術があったなんて」
わたしは、エメラを見る。
さっき、坂井さんが電話をしていた相手は、エメラなんだ。
すると、
「――たいしたことじゃない」
エメラの口が動いて、ケイの声が、ケイの口調でこたえる。
「!?」
思わず、エメラのとなりに立つケイに目をやるけど、ケイの口は動いてない。
ケイはパソコンの画面を見ている。
今しゃべったのはエメラだ。
エメラは、声音を完全に変えて、他人の声になり済ますことができるんだって!
「目の前で見てても、信じられないよ」
わたしは、肩をすくめる。
ケイのパートナーのわたしでも、聞き分けられないなんて!?
「幼いころから、技術をたたきこまれただけ。それに――彼の力がなければ、声が出せても意味がなかった」
エメラが、ケイのほうを見る。
ケイがハッキングで、坂井さんの通話の相手を、エメラのスマホにつなげたから。
坂井さんが一瞬、通話がつながらないようだったのも、そのせいだ。
流れとしては、こうだ。
わたしが直接、坂井さんに清掃の現場が変わったと伝える。
もちろん、それを相手がすぐに信じるわけがないから、こちらから、上司の人に電話で確認するように、しむける。
坂井さんが通話をするタイミングを、ケイに向けて合図して、ケイが通話先を変更する。
そして「上司の松来さん」に声色を変えたエメラが対応して、坂井さんたちを納得させ、別の現場に向かわせる――。
これが、プランBだったんだ!
ちなみに、坂井さんに向かってもらう、別の清掃の現場は、アルフォンスさんが用意した。
○×クリーニングにも、つじつまを合わせておくといっていたから、とうぶんの間は、疑われることはないはずだ。
さて――今の時間は、9時50分。
例の列車が到着するのは、10時。
なんとか間に合ったよ。
待ってて、アリー先輩。
「いそごう!」
いざ、タキオンの幹部たちが乗る列車の中へと!