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万宙とミツと銭湯と

☆『いみちぇん!!廻 三.神隠しの取り替え子』あたりのお話だよ♪

<あらすじ>

樹と一緒に暮らすことになったミツ。同じマンションに住む万宙は、樹から「ミツが熱を出した」と連絡をうけて――?



「えー? 樹行かないの? 三人で行くと思って、すぐそこのカーシェアで車借りるつもりだったんだけど」
 万宙さんは、着替えとタオルのバッグを持ったオレと、見送りに出てきただけの樹を見比べて、きょとんとする。
「ぼくはりんねちゃんのそばにいたいので、けっこうです」
「匠の弟だなぁ。なら、バイクで行くか。ミツ、2ケツだいじょぶ?」
「大丈夫です。たぶん」
 乗ったことないけど、興味のほうが強い。
 万宙さんには見えてないと思うけど、氷葉がオレのまわりを飛び交って、めっちゃキラキラしてて、ちょっと恥ずかしい。
 彼はバイクの後ろからヘルメットを出して、オレに渡してくれた。

 ……なんか新しいのっぽく見えるけど。
「これ、彼女のとかじゃないんですか」
「いねぇ~」
 万宙さんは笑って、自分もメットをかぶる。
 ならこれ、友達用なのかな。いつも通勤することばっかで、だれか乗せてんの見たことないけど……。
「んじゃ、出発~」
 オレが背中にしがみつくのを待って、万宙さんはエンジンを入れる。
 ケモノがうなるような音を立てて、バイクはほんとに動きだした。
 あっという間に車道に出て、車の横を走り出す。

 す、すげぇ。
 オレは腰にがっちり手を回したまま、おっかなびっくり左右を見まわす。
 当たり前だけど、自転車よりずっと速い。それに車より、生身で走ってるカンジがする。
 ……オトナって、すごいな。
 バイクとか車とかあったら、ホントに、こんな簡単に、どこへでも行けちゃうんだ。



 銭湯は、シンプルなとこだった。
 小さい時に連れてってもらったスーパー銭湯は、遊園地みたいな雰囲気だったような記憶があるけど、ここは富士山のタイル絵に、でっかい風呂と、水風呂があるだけ。
 入ってんのも、地元のじいちゃんたちだけだ。
 知らない人といっしょに風呂に入んのって、なんか変な感じだ。
 ロッカーのカギをブレスレットみたいに手首に通して、キンチョーしながら引き戸をくぐる。

 万宙さんは長い髪洗うの時間かかるから、オレはさっさと洗って、湯船に足をつけた。
「アツッ!」
 なんだよこれ、熱湯!?
 足をひっこめたら、先に入ってたじいちゃんに笑われた。
 くそっと思って、今度は水の蛇口が近い方から、めちゃくちゃ警戒しながら、ゆっくりゆっくり入る。
「熱かった~?」
 オレがようやっと肩までつかれたところで、髪をお団子にした万宙さんが追いついてきた。
 で、なんてことない顔して、ざぶーっと入る。

「よぉ、兄ちゃん。ひさしぶりに見たなぁ。今日はチビスケも一緒なんか。弟かい」
 じいちゃんがニコニコ、話しかけてきた。
 万宙さん、知り合いなのか。
「そうそう。かわいーっしょ」
「ほんとだなぁ。二人似てるよ。ソックリだ」
 ――似てる? オレと万宙さんが?
 適当なこと言うじいちゃんだな。
 万宙さんは笑って、それこそテキトーなかんじでじいちゃんとしゃべってる。

 オレは知らない人に、どんなふうに笑っていいのか分からなくて、真顔のまま富士山に目をもどす。
「さすが美術部、タイル絵も好き?」
「好き……ってか、どうやって描いてんだろうとか、これだけデッカいとこに絵かけたら、おもしろそうだなって」
「なるほどなぁ~」
 だんだん芯まで温まってきて、は~って声がもれる。
「気持ちーな、ミツ」
「……うん」
「ミツと来られて、よかったぁ。オレ、絶対今日は仕事持ち帰んねぇって決めて、めっちゃがんばったんだ。ホメてー」
「う、うん」
 ホメてったって、りんねみたいに、オレが万宙さんの頭なでたら変だろ。
 結局、目をそらしちゃったのに、湯気のむこうの万宙さんは、うれしそうに笑ってる。
 オレがうれしいのは分かるけど、万宙さんまでうれしそうなのは、なんでだ。

 ――オレが自分勝手に、オレのためにしたくて優しくしてんの。自己満足。

 あんな風に言ってたけど、自己満足で、こんなふうに笑うもんなのかな。
 オトナって、ほんと分かんねぇ。
 一番わかりそうなオトナが万宙さんなのに、なんかすげぇ、遠いな。


 人生初、サウナに入った。
 耐えに耐えたあと、水風呂に入んのがサイコーなんだって。
 知らない場所に一人で置いてかれんのもイヤだから、つき合って入ったら、なんだよここ、地獄じゃん。
 あっついし、ムシムシしてるし、何がいいんだか分かんね。
 氷葉は一緒に入ってきたけど、「アツイ、アツイ」って、すぐ逃げちゃった。

 腕から噴き出したアセが、だらだら流れて垂れてくのを眺めてる。
 そのうち、ほかに誰もいなくなって、二人でぼーっとしてたら。
「ミツが熱出したとき、思い出したんだけどさ」
 万宙さんが、ぽつぽつ話しだした。

 高校の寮にいたころ。
 ひさしぶりに熱を出して、いつもどおり、一人でやりすごそうとしてたんだって。
 病気になったら、だれにも気づかれないように注意しながら、静かに一人でなんとかするのがトーゼンだった。
 けど、水も飲めなくて吐くばっかで、さすがにこのまま死ぬかなぁとか、思った。
 結局ただの胃腸カゼだったんだけど、そん時は本気で。
 もしかしたら万宙さん、あの、モモサンからもらったお守りの札をにぎって、一人でこらえてたのかなって、オレは想像してしまった。

 寮の隣の部屋のヤツに「授業サボる」ってだけ伝えて、グロッキーになってたら、そいつが押しかけてきた。
 うぜぇとか、今いそがしいとか、追い返そうとしたのに、そいつ、万宙さんが具合悪いことに気づいて、大さわぎ。
 なんで体温計もないんだよ!って、慌てて持ってきて、無理やり測って、氷枕持ってきてくれて、おかゆのレトルトパックとかゼリー飲料買ってきてくれたり、アセかいてるから、体ふいて着がえろとか、大変だったって。
 話を聞きながら、それ、万宙さんがオレにしてくれたのと同じだなって、思った。

 夜になったら、すげぇ熱上がって、水一口飲むだけで吐くくらいになっちゃったから、寮主さんがタクシーで病院の救急外来に連れてってくれたそうだ。
 ――大丈夫? 辛いよね。しんどい時はしんどいって、ちゃんと言っていいんだからね。
 そう言われて、万宙さんはびっくりした。
 こっちにうつすなよ、仕事あんだからよ、とかじゃないんだって。

「よってたかって、すげぇ至れり尽くせりしてくれて。看病ってこうすんだって、そこでベンキョーしてたんだな。オレ」

 万宙さんはサウナで火照った顔で、こっちを横目に見て、照れくさそうに笑った。
「忘れてたの、思い出せた。ミツのおかげで」
 オレは、人の話なのに、自分がこそばゆくなりながら、うなずいた。

「ミツもさ、そういう記憶、いっぱい作んなよ。オレとじゃなくても」
 万宙さんの声が、二人きりのサウナルームに、余韻を残して響いた。 
 ……オレとじゃなくても。
 今日みたいなのは、これでおしまいってことか。
 線を引かれた気がして、くちびるのハシがキュッと力が入る。
 なんかオレ、これからも、時々こうやって連れてきてくれんのかななんて、変な期待してたみたいだ。オレたちは兄弟じゃなくて他人なんだから、当然なのに。
 調子乗ってたんだ。
「りんねとか、樹とか、クラスのヤツらも、仲良くなったヤツいるんだろ?」
 万宙さんがたした言葉に、オレはギシギシうなずく。

「それとはベツに、オレはオレのために、ミツのことかわいがっちゃうけどな」
 オレはパッと横を見た。
「また銭湯さそわれたら、しょうがねーな、こいつ寂しいんだなとか思って、つき合ってやってよ」
 万宙さんは眉を下げて笑った。
 オレなんかが、こんな笑顔見ていいのかなって思うような、まるでりんねに向けてるような、溶けそうに優しい笑顔だった。



 帰り道、商店街に寄って、樹に焼き鳥のパックを買っといたんだ。 
「おかえりー。楽しかった?」
「うん。これ、土産」
 玄関でビニール袋を差しだすと、樹はパァッと顔を輝かせた。
「やったぁ! ありがとう、ミツ。万宙さんにも後でお礼言わなきゃ」
 ……なんか、予想以上に喜んでる。
 自炊の毎日だと、ちゃんとした食糧がすげぇありがたいの、わかるけど。

 オレは洗濯物を洗濯機にぶちまけて、今日買った、ミニボトルのシャンプーとかを、棚のすみっこの、また、いつでもスグ出せる場所においておく。
「樹。ごはんはオレが炊く。あとは味噌汁」
「ええー? 今日、ぼくが当番だよ?」
「いい。せっかくの焼き鳥、あっため直すときに燃やされたくない」

 樹はわざわざリビングから、こっちに顔を出す。
「いいの? それじゃ、明日はぼくがやる。ちょっと仕事の続きしてくるね。ありがと、ミツ」
 のぞいた顔が、にこにこ、めちゃくちゃうれしそうで、面食らった。

 リビングにもどってく樹を見送りながら、その背中に話しかける。
 あのな、樹。
 さっき帰り道、消えかけの精霊、見つけたんだ。
 でも、オレ、消えるまで黙って見守っててやれたよ。

 オレはポケットから、万宙さんからもらったお守りを出す。
 五角形の札に、「佚」の字が書かれてるやつ。

 オレのそばにも、ちゃんと「人」がいてくれる。
 親じゃなくても。
 樹にも、りんねにも、会えてよかった。
 万宙さんにも。
 万宙さんがオレに優しくして、昔の自分をなぐさめてるんだって、なんだっていいんだ。
 だってオレ、うれしいもん。

 ありがとう、万宙さん。今日、風呂に連れてってくれて。
 ありがと、樹。おかえりって当たり前みたいに迎えてくれて。
 ありがとう、りんね。オレと友達になりたいって言ってくれて。

 口に出して言うの、なんかまだちょっと無理っぽいけど。
 オレももらってばっかじゃなくて、いつか、だれかに何かを返せたらって、初めて切実に、そう思ったんだ。

『万宙とミツと銭湯と』おわり


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